高野文子『棒がいっぽん』(3)
おつぎは「病気になったトモコさん」
病気入院した女性トモコさんの、病室での昼と夜。
トモコさんは姿をみせない。トモコさんは病室や患者、看護師、屋外風景、窓辺に飛来したハト、
風で運ばれていったオブラート、夜景、そうした画像すべてを見ている視線の役に徹している。
映画であれば撮影カメラ、VTRやハンディーカムの役をつとめている。
高野文子さんの「感性の小世界」は見事に形象化されている。
「風」をとらえるのに、薬を包むためのオブラートをつかう。
風がオブラートを窓外に吹き上げるシーンがある。洗濯物が風になびくコマのつぎに、「びゅーっ」
と吹きこんでオブラートを運び去る。
透明な薄いオブラートの円盤が町の上空を、乱舞、輪舞する。
コマの隅にトモコさんの声がする。
「わははははっ」「空飛ぶ、円盤!」
夜の画像がとても楽しい。
消灯時間がきて、看護師がパチンと明かりを消す。
窓外の町明かりが映る。
看板やネオンサイン。
ピィーーーーッ、と長くあとをひいて通過する遠景の電車の窓明かり。
ビールがジョッキから減っていって、空っぽになると「キリンビール」の文字が出る電飾。
(どこかで、見たぞ。どこだったっけ)
まもなくトモコさんは退院するのだろう。
だって、この作品はちいさなシアワセを絵にしているのだから、そうにちがいない。