「絶対安全剃刀」と「ラッキー嬢ちゃん」
高野文子さんの本を2冊手に入れた。
『絶対安全剃刀』と『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』とである。
その時点でわくわく亭は、その本のほかには『棒がいっぽん』『るきさん』を持っていた。
あれから、およそ1年半ぶりに高野さんの本に出遭えたのである。
それを論評したところ、『絶対安全剃刀』もすぐれた作品集だというコメントを
もらっていたので、以来気をつけて探していた本だった。
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『絶対安全剃刀』は作者のデビュー作品など初期17作品をあつめた作品集なのである。
「花」という作品は1977年作で、作者は20歳だった。
77年から81年までの作品であるから、20~24歳までのもの。
若い感性がみずみずしい作品ばかりで、若い女性ファンを多数獲得した筈である。
死のにおいを描きたがるのは、若い作家にありがちの傾向だが、「絶対安全剃刀」「ふとん」
「花」などがそれである。
わくわく亭が好きな作品は「田辺のつる」「あぜみちロードにセクシーねえちゃん」「玄関」
の3本。
「あぜみち…」はサザンオールスターズの「タバコロードにセクシーばあちゃん」から取った
タイトル。高野さんの郷里新潟県の方言を話す家庭環境で生活している、高校3年の少女が
ひそかに憧れの東京へ出ていく準備をしている。上京するこどもたちを悪くいっている親たち
の陰で、少女はラジオ局に電話でリクエストしている。そして、サザンのコンサートがある
来年には「そっちにいます」と話している。母親はまさか娘がそんなことを話しているとも
知らず、縁側に座る近所の客にお茶をだしている。
少女の電話リクエスト曲がサザンの「タバコロード…」というオチなのである。
上京をめざす田舎の少女が、あいらしく描かれている。
「玄関」は母親と二人でくらしている小学生の少女の夏休みの状景。海で溺れかけた記憶が
あって、学校の水泳教室では水に入れない。それだけのことを描きながら、少女とうつくしい
母親との淋しい心象風景が心にしみる作品である。
「田辺のつる」は1ページをUPしたが、5~6歳に見える少女の名前が田辺つるなのである。
その「つる」ちゃんと家族の家庭風景を描いたもの。
すぐに読者は、この少女が82歳のおばあちゃんだと知らされる。
82歳の認知症にかかっている「つる」さんは、まるで5~6歳の幼子のような人格になっている
のである。
マンガだからできる技法である。
人は幼女がいると思う。それは呆けたおばあちゃんの内面が、説明無しで幼女として表現されている。
文章であれば、いかにして幼女風であるかこと細かく描写する必要なあるが、マンガは
幼女を描き、82歳と説明するだけで足りる。
ここは文章と比べ、マンガの勝利である。
その勝利をみちびいた作者高野文子の、あっぱれな才能である。
1986~87年にかけて雑誌連載された長編。
絵が「絶対安全剃刀」のそれと違う。読んでいて、これは1960年代のアメリカ文化を
絵にしたおしゃれなマンガなのかな、と思ったのだが、はたして1950年代のヒッチコック
の映画作品(「泥棒成金」など)に着想を得たものだというではないか。
どおりで主人公の男たちがロックハドソンとかケーリーグラントのようなのである。