人形町の「谷崎」かいわい

前回の記事「谷崎潤一郎生誕の地」について、ブログのえりっぺさんから、谷崎潤一郎の回想記

から引用した文章の紹介がありました。

その返事として、わくわく亭は次のようにコメントを返しています。

『現在の「谷崎」の所在地は,えりっぺさんが引用した回想記のままです。

都電の代わりに地下鉄が走っていますが、甘酒屋も残っていて、

その通りは「甘酒横丁」と呼ばれています。

角の「ちとせ」は今も佃煮の店を出していますし、

玉ひで」というシャモ鍋屋はいまも繁盛で、

昼時はいつも客が数十人行列しています。

その「玉ひで」の隣が、道路を挟んで、わくわく亭の仕事場のあるビルです。

このビルオーナーは明治時代から、この場所で酒屋を営んでいた。

その隣が「小春軒」という洋食屋で、その隣が「谷崎」です。

小春軒は創業が明治45年で、創業者は明治の日本陸軍の基礎をつくり

元帥となり、首相ともなった元老、大御所と呼ばれた山縣有朋(やまがたありとも)

のお抱え料理人だった人。

独立して店をもち、女房の「春」の名をとってつけたのが「小春軒」。

いま、このあたりの古い歴史のど真ん中で、

わくわく亭は毎日、歩き回っています』

ついでに、今日撮ってきた写真を添付しましょう。

玉ひで」と「小春軒」そして「谷崎」です。

「谷崎」の経営者は、潤一郎の一族というわけではないそうです。

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人形町通りと甘酒横町が交差する角の佃煮屋「ちとせ」の写真もUPしましょう。

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