『つげ義春旅日記』(4)

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この絵はつげ義春のマンガ「オンドル小屋」の冒頭シーンである。

雑誌『ガロ』に1968年4月に発表した作品で、その前年67年10月に東北の湯治場を単独旅行した

取材をもとに描かれたものである。

マンガはストーリーらしきものもなく、「蒸の湯}(ふけのゆ)の地熱を利用したオンドル小屋に

一泊して見聞した状景を、ありのままに絵にしたもので、湯治客の男たち数人が傍若無人の騒々しい

振る舞いをしているのを皮肉をもって描いている部分が、唯一話らしい部分である。

そこは、いまの秋田県鹿角市八幡平である。

現在の「ふけの湯温泉」はすっかり温泉地らしくなっているのだろうが、つげ義春が訪れた40年前は

無残なくらい粗末なオンドル小屋に寝泊まりした貧者の湯治場の様相だった。

『颯爽旅日記』には、「颯爽」どころか、陰鬱な湯治場に、さすがのつげ義春もショックを受けたと見え

る文章を綴っている。


到着の日、ミゾレが降っていた。

山のふもとでみられた紅葉も、ここまでくると落葉している。

八幡平頂上は登山観光客で賑わっているようだが、蒸の湯は、地の果て旅路の果てといった観がある。

オンドル小屋でムシロを敷いて毛布にくるまっている細々とした老人をみると、

人生のどんづまりを見る思いだ。

売店でムシロと毛布を一枚20円で4枚ばかり借りて寝る。

地面から噴き上る蒸気でムシロはびっしょり濡れる。

八幡平観光にやってきたツアー客たちが、湯治場を物珍しく、大勢がぞろぞろと覗きにやってくる。

オンドル小屋の内部を覗きながら、

「ひでえな、豚だ、豚だ」と失敬なことを言う。

なかには、ブー、ブーと豚の鳴き真似をして、湯治客をからかうマナーの悪い連中もいる。

つげの作品に、となりの部屋に寝起きする女の子の裸を見るシーンがあるが、

それも事実だったようで、日記にはつぎのように書いている。

同じ棟の片隅に、食堂で働く女の子の寝起きする場所がある。ロープを張り、そこに毛布や

着物を掛け周囲の視線を遮っているが、すき間から見ると裸で床の中へ入った。

誰でもそうするのだが、下着が汗で濡れると風邪をひくからだ。

彼女は地方から働きに来ているのかしら。

小さな鏡台が置いてある。

オンドル小屋の少女より、もっきり屋の少女の方がいいよね。