『つげ義春旅日記』(3)

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わくわく亭が好きな短編「もっきり屋の少女」の画像である。

1968年8月に『ガロ』に発表されたのだが、前年秋の東北湯治場めぐりの成果のひとつといえる。

つげ義春は「発想はこの旅に関係ないが、このメモ帳に何気なくつけておいた会津の方言が

役だった」と『颯爽旅日記』に書いているごとく、主人公の美少女がつかう方言が作品成功の

要因となっている。

物語は、(つげ義春らしき)旅人が会津の奥まった地方にやってきて、「もっきり屋」という藁葺きの

小さな居酒屋に立ち寄る。そこはチヨジという浴衣を着たオカッパ頭の少女が一人でやっている。

まだ陽が高いせいもあって、客は主人公だけである。

このチヨジとのトンチンカンな対話と、少女が客サービスに胸をさわらせる、青臭いエロティシズム

とが作品の見所である。

チヨジの話し方のサンプルをUPしよう。

居酒屋の向かいに彼女の実父が住んでおり、マド越しに行水をしているのが見えるのだが、

「むげいの家のお父っつあは、きぐしねくて、やんだおら」などという。

彼女は都会の女の子が履いているクツに憬れており、

「東京のこめらっ子は、靴をはいておるのでありますか」などと訊く。

悪酔いした男がうたた寝から目をさますと、すでに夜である。

店には2人の客がいて、チヨジの胸をさわって、5分間彼女が平気であれば赤い靴を買ってやると

賭をしてふざけている。チヨジは興奮してきて5分が耐えられない。

「さあ、チヨジもう一度いくか」とはじまる店内の声を後にして、旅人は「もっきり屋」を抜け出す。

チヨジがんばれ、ドンドンドンの騒ぎはつづいている。

「頑張れ、チヨジ」と叫びながら、男は立ち去ってゆく。

チヨジは、つげ義春の初期の代表作『紅い花』に描かれた少女キクチサヨコにそっくりである。

作者の憧憬の少女像であろう。


ところで「もっきり」とはどういう意味だろうか。

福島、宮城地方で使われている方言で「盛り切り」のことである。

コップになみなみと注いだ(盛り切りの)酒のことも「もっきり」というそうである。


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『颯爽旅日記』の中で、つげ義春会津の男女の風俗をつぎのように面白く書きとめている。

11月2日。
会津田島と白河をむすぶ長距離バスは二岐で小休止する。それに乗り白河に向う。

乗客は二岐の湯治客が十人ほどで、みな顔なじみでお喋りをして楽しそう。(略)

運転手は「小便でもすべえ」と言って、車掌とともに、バケツを下げ松茸をとりに行ってしまった。

女性は草むらの中で用足しをし、男は一列になって立ち小便。

運転手はしめじを採って来た。

ぼくは白河発の汽車の時刻に遅れるのではないかと気が気ではない。

運転手も乗客も、さながら「もっきり屋」の客たちのようである。

品はいいとは言えないが、飾らない会津地方の素朴な男たちと女たちである。

ひとり、都会からの旅人であるつげ義春が、のんびりできず汽車の時間を気にしているよ。