土門拳の『風貌』(3)
1951年6月に撮影した。68歳の「神様」である。
前のめりで駆けて行った。
あんなに全速力で走ると、転んだりして危ないのでは、とあとで土門が言うと、
「僕は若いときから、足は鍛えてあるからね」と志賀先生は《昂然と言われた》そうだ。
それから、
「この間も、走り出したバスに飛び乗ったら、車掌のやつ、お爺さん、飛び乗りは
危ないですよ、と言ったんで、癪に障ったから、今度降りるときは、バスが
走り出すのを待って、わざと飛び降りてやったよ」
と、先生の話をつづけて、
《如何にも先生らしい話なので思わず笑ったが……》と土門さんは書いている。
小説の神様も、バスの車掌さんに「お爺さん」と呼ばれたのがカンに障ったらしい。
それにしても、バスが走り出すのを待ってから、わざと飛び降りるとは、
短気な「神様」である。