土門拳の『風貌』(2)

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永井荷風である。

撮影日は1951年5月8日というから、荷風さんは72歳である。

彼が文化勲章を受章したのは、この翌年のことになる。

撮影場所は浅草の喫茶店「アンヂュラス」で、ストリップ小屋の「ロック座」の

楽屋から雨の中を、いつも携行しているコーモリ傘のなかに、お気に入りの踊り子2人を

抱きかかえるようにして、相合い傘で歩いていく荷風先生を、

土門拳と撮影助手が、近くの喫茶店に誘い込んだ。

夜の10時過ぎである。

「今夜はお金、持ってないよ」と荷風先生がまず仰った。

それから「きみたちお腹すいてない?コーヒーにする?ココアにする?ケーキはどう?」

と踊り子たちに、とにかくやさしい。

「今日はとてもきれいだけど、どうしたの?今日はとくべつきれいだね、ほんとに」

これでは女の子にもてるわけだ、と土門さんは思う。

女の子たちに「センセ、センセ」と荷風先生の人気は大したものだった。

その夜のお勘定は、荷風先生と踊り子たちが帰った後で、土門拳さんは浅草在住の

友達の写真家から借金して払った。