『橋づくし』(8)備前橋
いよいよ最後の橋、備前橋である。
橋を渡って左かたには、すぐ築地本願寺がある。
裏門から入って、境内で写真をとる。人影はなくて、春のひざしが寺院にやさしくそそいでいた。
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料亭の娘である22歳の満佐子は、さすがにほっとして、橋の袂で手を合わせ、願い事の祈願をした。
しかし横目で見ると、東北から働きに出てきたばかりの女中の「みな」が猿真似をして、分厚い手のひらを合わせているのが、なんともいまいましいのである。
「連れて来なきゃよかったんだわ。本当にいまいましい」と心の中が泡立っていた。
しかし横目で見ると、東北から働きに出てきたばかりの女中の「みな」が猿真似をして、分厚い手のひらを合わせているのが、なんともいまいましいのである。
「連れて来なきゃよかったんだわ。本当にいまいましい」と心の中が泡立っていた。
そのとき、満佐子に声をかけた男がいた。
若い警官だった。
深夜、橋の袂で手を合わせている満佐子を、投身自殺とまちがえたらしい。
満佐子は口をきいてはならない決まりである。
若い警官だった。
深夜、橋の袂で手を合わせている満佐子を、投身自殺とまちがえたらしい。
満佐子は口をきいてはならない決まりである。
こんな場合、機転をはたらかせて、女中たるもの、女主人に代わって、理由を説明するべきであるのに、「みな」も口をきいては、自分の願がやぶれるからと、口をきこうとしない。
「返事をしろ。返事を」
警官は口をきかない満佐子を不審者ときめつける。
警官は口をきかない満佐子を不審者ときめつける。
満佐子が、橋を渡ってしまおうとしたとたん、
「逃げるのか」と警官に腕をつかまれてしまった。
「逃げるのか」と警官に腕をつかまれてしまった。
「逃げるなんてひどいわよ。そんなに腕を握っちゃ痛い!」と、
満佐子はついに、口をきいてしまった。
満佐子はついに、口をきいてしまった。
女中の「みな」はその隙に、橋を渡りきって、最終の祈願をしているのである。
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物語のエピローグである。
「橋めぐり」から数日後である。
満佐子は機嫌を直して、「みな」の願い事の内容を知りたがっている。
満佐子は機嫌を直して、「みな」の願い事の内容を知りたがっている。
「一体何を願ったのよ。言いなさいよ。もういいじゃないの」
みなは不得要領に薄笑いをうかべるだけである。
「憎らしいわね。みなって本当に憎らしい」
笑いながら、満佐子は、マニキュアをした鋭い爪先で、みな」丸い肩をつついた。(略)
三島由紀夫の短編『橋づくし』はこうして終わります。
ニヤニヤするばかりで、かたくなに願い事を明かそうとしない「みな」であるが、
満佐子ならずとも、何なのか、知りたいところではないですか。