『橋づくし』(8)備前橋

いよいよ最後の橋、備前橋である。

三島由紀夫の『橋づくし』から備前橋の説明を読もう。


さきほどから遠く望んでいた街燈のあかりが直下に照らしている。果たして橋である。
三味線の箱みたいな形のコンクリートの柱に、備前橋と誌され、その柱の頂に乏しい灯がついている。
見ると、川向うの左側は築地本願寺で、青い円屋根が夜空に聳えている。
同じ道を戻らぬためには、この最後の橋を渡ってから、築地へ出て、東劇から演舞場の前を通って、
家へかえればよいのである。


作者が「三味線箱」みたいなコンクリートの柱と表現した備前橋の姿がこれである。

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橋を渡って左かたには、すぐ築地本願寺がある。

裏門から入って、境内で写真をとる。人影はなくて、春のひざしが寺院にやさしくそそいでいた。

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料亭の娘である22歳の満佐子は、さすがにほっとして、橋の袂で手を合わせ、願い事の祈願をした。
しかし横目で見ると、東北から働きに出てきたばかりの女中の「みな」が猿真似をして、分厚い手のひらを合わせているのが、なんともいまいましいのである。
「連れて来なきゃよかったんだわ。本当にいまいましい」と心の中が泡立っていた。

そのとき、満佐子に声をかけた男がいた。
若い警官だった。
深夜、橋の袂で手を合わせている満佐子を、投身自殺とまちがえたらしい。
満佐子は口をきいてはならない決まりである。

こんな場合、機転をはたらかせて、女中たるもの、女主人に代わって、理由を説明するべきであるのに、「みな」も口をきいては、自分の願がやぶれるからと、口をきこうとしない。

「返事をしろ。返事を」
警官は口をきかない満佐子を不審者ときめつける。

満佐子が、橋を渡ってしまおうとしたとたん、
「逃げるのか」と警官に腕をつかまれてしまった。

「逃げるなんてひどいわよ。そんなに腕を握っちゃ痛い!」と、
満佐子はついに、口をきいてしまった。

女中の「みな」はその隙に、橋を渡りきって、最終の祈願をしているのである。

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物語のエピローグである。

「橋めぐり」から数日後である。
満佐子は機嫌を直して、「みな」の願い事の内容を知りたがっている。


「一体何を願ったのよ。言いなさいよ。もういいじゃないの」
みなは不得要領に薄笑いをうかべるだけである。
「憎らしいわね。みなって本当に憎らしい」
笑いながら、満佐子は、マニキュアをした鋭い爪先で、みな」丸い肩をつついた。(略)


三島由紀夫の短編『橋づくし』はこうして終わります。

「みな」という、まだ少女のように若い女中は、東京の花柳界に近い料亭で働きはじめて、
見よう見まねで、古風な願掛けをしてみたが、はたして彼女は何を願ったのか。

ニヤニヤするばかりで、かたくなに願い事を明かそうとしない「みな」であるが、

満佐子ならずとも、何なのか、知りたいところではないですか。