『橋づくし』(7)堺橋

4人の女たちが7つの橋めぐりをはじめ、願掛けをしていたが、すでに2人が脱落している。

残るのは料亭の娘満佐子と、彼女のお供をしてきた女中の「みな」だけとなった。

満佐子の願い事は映画俳優のRと一緒になることで、Rとは市川雷蔵のことらしい。
「みな」の願い事が何であるのかは、わからない。

さて、残る橋は2つだけとなった。堺橋と備前橋である。

第六の橋はすぐ前にある。緑に塗った鉄板を張っただけの小さな堺橋である。


堺橋についての説明は、ただそれだけである。
聖路加病院の真ん前にあった暁橋から「すぐ前にある」はずの堺橋が、無い!
さがしてみても、あたりに見当たらないのである。

船橋暁橋と元の築地川の川筋を、南北にたどってきたのであるが、川は埋め立てられて「築地川公園」となっている。公園にはごらんの通り枝垂れ柳が、いま新緑を春風にまかせてゆれているばかり。

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わくわく亭は歩みを早めて公園を進んでいった。すると、第7番目の橋である備前橋にたどりついた。
6番目の橋はどこにあったのか、どこで消えたのか。

暁橋まで引き返して、あらためて推理をした。
この橋巡りの(3)で、三吉橋のあった『橋づくし』記念碑に彫られた川と橋の配置図を見た。それによれば、堺橋が架かった川は、築地川とT字型の接続していた。
その川はすでに地中にうめられていて姿はないのだが、元は東流して隅田川に通じていたはずだ。

となると、わくわく亭はバッグから地図を出してしらべてみた。
はっきりとわかるのは、暁橋の地点から東に隅田川へと延びていた川の跡地が「暁橋公園」となっていることだ。

その公園の高い場所から写真をとった。
そこにはかつて川があり、川筋は明石橋の下をくぐり隅田川へと流れていたのだ。
そして、ここにかつて横に架かる「堺橋」(古地図では「境橋」とも)が存在していたのだ。

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橋の痕跡を探索するすることは、ひとまず棚上げにして、「暁橋公園」をつきぬけて川岸まで下ってみた。
隅田川を遊覧する船と「みやこ鳥」の写真をごらんください。

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2人だけになってみて、満佐子は女中の「みな」がはじめてまともに意識されるようになった。

ただ不細工な田舎出の少女だと、さげすんでいただけの存在が、にわかに気になる相手となった。

このあたりの人情、人間心理の機微は、三島由紀夫らしく巧みである。

満佐子の心理をこう描写する。


この山出しの少女が一体どんな願い事を心に蔵しているのか、気にしまいと思っても気にせずにはいられない。
何か見当のつかない願事(ねぎごと)を抱いた岩乗な女が、自分のうしろに迫って来るのは、満佐子には
気持ちが悪い。
気持ちが悪いというよりも、その不安はだんだん強くなって、恐怖に近くなるまで高じた。


深夜、女二人が、さびしい川べりの道を、下駄を鳴らしてあるいていけば、そうしたあやしい心理にも
なろうというものである。

やがて、満佐子の目に、橋の灯りが見えてきた。

さいごの、7番目の橋である。