尾道少年 ヒカルくん(3)
尾道大橋から向島に渡り、島の南側を回った。岩子島をすぎ、因島大橋をくぐった。
上の写真が因島大橋です。
今年の春から、因島市は尾道市に合併して尾道市因島町になった。橋のむこうには因島の町並みが見えた。観音崎を見た。はじめて見た。
むかし西国から上ってきた船は、観音崎の沖をすぎて、鞆の浦をめざしたのです。
朝鮮通信使の一行の記録にも、その海上ルートが記されており、尾道には寄らず、観音崎沖を通過している。
そのあたりは立花といって、日本で一番長寿の町といわれたことがあった。町のいたるところに、「日本一」の標識が張ってある。いまでは、どうなんだろう。日本一はどこか別の町だろう。
つぎつぎ海水浴場になっている海浜を通り過ぎるが、泳いでいる人は見かけなかった。浜にいるのは
水上バイクを楽しむ若者達ばかりだった。
「砂浜がやせて、小さくなったんじゃないですか」僕にはそう見えた。
「砂浜はたしかに小そうなってしもうたな」と花本さん。
「コンクリートで護岸工事したとこは、みな砂浜が消えたわねえ」
歌地区の大磯鼻フェリーの写真です。いま白いフェリーは対岸の浦崎町戸崎桟橋にいるが、こちらに車が見えるとやってくるのだそうだ。
「こっちに船がいるときには、あっちの電信柱の下に黒いものが見えるでしょう、あれは開いたら
アルミホイルが張ってあるんで、光るんですよ。それが合図で船がむかえにくるんでね、日本一のんびりしたフェリーじゃろう思います。わたしの野菜畑はあの桟橋のうらにあるんです」
「あそこまで、まいにち畠を見るため通っているんですか。料金はいくらです」
「車が230円で、人が80円」
「フェリーには車2台しかのれんのです」
「どうじゃろうか、むこうへ渡って、畠をみてもらおうか」
「やめとけ。お昼も食べんといけんし、あわただしゅうなろうが」
フェリーにはのらなかった。
さて、なにをお昼に食べるか。
「尾道ラーメンにしましょう」と僕はさっそく言った。
「尾道ラーメン」ヒカルくんもOKを出した。
「尾道ラーメンの店もふえたけど、やっぱり朱華園じゃろう」と花本さん。
「混んどるじゃろうが、行ってみようかね」
「尾道ラーメンは朱さんのラーメンでしょう。僕は『尾道のラーメン』という短編を書いているんです」
そうだ。僕はその短編(一部だけれど)をこのブログの「わくわく亭文庫」におさめているのです。
(4)につづく
上の写真が因島大橋です。
今年の春から、因島市は尾道市に合併して尾道市因島町になった。橋のむこうには因島の町並みが見えた。観音崎を見た。はじめて見た。
むかし西国から上ってきた船は、観音崎の沖をすぎて、鞆の浦をめざしたのです。
朝鮮通信使の一行の記録にも、その海上ルートが記されており、尾道には寄らず、観音崎沖を通過している。
そのあたりは立花といって、日本で一番長寿の町といわれたことがあった。町のいたるところに、「日本一」の標識が張ってある。いまでは、どうなんだろう。日本一はどこか別の町だろう。
つぎつぎ海水浴場になっている海浜を通り過ぎるが、泳いでいる人は見かけなかった。浜にいるのは
水上バイクを楽しむ若者達ばかりだった。
「砂浜がやせて、小さくなったんじゃないですか」僕にはそう見えた。
「砂浜はたしかに小そうなってしもうたな」と花本さん。
「コンクリートで護岸工事したとこは、みな砂浜が消えたわねえ」
歌地区の大磯鼻フェリーの写真です。いま白いフェリーは対岸の浦崎町戸崎桟橋にいるが、こちらに車が見えるとやってくるのだそうだ。
「こっちに船がいるときには、あっちの電信柱の下に黒いものが見えるでしょう、あれは開いたら
アルミホイルが張ってあるんで、光るんですよ。それが合図で船がむかえにくるんでね、日本一のんびりしたフェリーじゃろう思います。わたしの野菜畑はあの桟橋のうらにあるんです」
「あそこまで、まいにち畠を見るため通っているんですか。料金はいくらです」
「車が230円で、人が80円」
「フェリーには車2台しかのれんのです」
「どうじゃろうか、むこうへ渡って、畠をみてもらおうか」
「やめとけ。お昼も食べんといけんし、あわただしゅうなろうが」
フェリーにはのらなかった。
さて、なにをお昼に食べるか。
「尾道ラーメンにしましょう」と僕はさっそく言った。
「尾道ラーメン」ヒカルくんもOKを出した。
「尾道ラーメンの店もふえたけど、やっぱり朱華園じゃろう」と花本さん。
「混んどるじゃろうが、行ってみようかね」
「尾道ラーメンは朱さんのラーメンでしょう。僕は『尾道のラーメン』という短編を書いているんです」
そうだ。僕はその短編(一部だけれど)をこのブログの「わくわく亭文庫」におさめているのです。
(4)につづく