「明治四年の尾道打ち壊し」

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5月24日に尾道市立大学で「尾道学入門」の講義をします。

今年で7回目です。今年は「明治四年の尾道打ち壊し」という物騒な話をします。

明治4年8月に「武一騒動」と呼ばれる百姓一揆広島県全域で起きました。

県の東部では、御調郡に集合した一揆勢が尾道に押しかけ、その数は1万数千とも4,5万人

とも言われました。

尾道の割庄屋、郡役場、町役場や商家が打ち壊され、その被害をこうむった商家の中に、

十四日町秋田屋家がありました。その家は3年半前の慶応3年11月末、ええじゃないか騒ぎが

尾道で起きたとき、一番最初に大神宮の御札が降った名誉の家だったのです。

何故秋田屋一揆勢のターゲットになったのか。

それを探ると、明治新政府の政策が百姓農民にとっては裏切り行為に満ちた欺瞞に見えたことが

明らかになります。今年は明治維新150年にあたります。

メインストリートの歴史ではなく、裏道から見た歴史を探る面白さを知ってもらいたいと思います。

写真は話に出てくる―田屋のあった小川町 ∩云〇犾´3箴渦阿龍皺扱谷幾右衛門屋敷

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