話に続きがありました。

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 深夜の二時過ぎ、洋画専門チャンネルで恐怖映画を観ていた。

ジョニー・デップ主演の『フロム・ヘル』で、十九世紀末ロンドン

で起きた娼婦連続殺人事件「切り裂きジャック」の映画である。

原作がイギリスのコミック作家アラン・ムーアの『フロム・ヘル

で、原作の翻訳本は上下二巻として、みすず書房から刊行されて

いる。二巻で五千二百円したが、発売後すぐに買って読んだ。

期待を裏切らない内容のコミックだった。この映画を観るのは二

度目だった。いよいよ最後の犠牲者が狙われる場面が近づいていた、

その時、電話鳴った。こんな深夜にどこからの電話だろうか。

どうせ間違い電話だろうから、放っておけば、すぐに鳴り止むだろ

う。テレビの画面では殺人者を乗せた馬車が走り始めている。

うるさい電話の音は鳴り止まない。やれやれ、と根負けして、

やや警戒しながら、受話器をとった。

「はい、もしもし」と僕はこちらの名前を言わなかった。

迷惑電話にこりているからだ。

「もしもし、奥様にお知らせしたいことがございます」

と陰気な声が言う。

「どちらへ電話おかけですか」

「ですから、奥様にお知らせしたいのです。奥様が親しくしておら

れたAさんが、ついさきほど、三十分ほど前にお亡くなりになりま

した。そのことをお知らせしたくて、こんな深夜に失礼をもかえ

りみず…」

 Aさんが亡くなった?その名前に心当たりはない。

「あなたは、誰に電話をお掛けなんですか」と僕は訊いた。

「ですから…」と言いかけて、その後、奇妙な声になった。

笑い声だったのか、なんなのか。ドアが開いて、眠そうな顔をし

た女房がのぞいて、誰から、こんな時間に、と訊いた。

その間に電話は先方から切れた。

「Aさんが亡くなったから、奥様に知らせたいって」

「そんな人知らないわよ。いたずら電話よ。あんまり呼び出し音

が長いから目が覚めたの」と女房はドアを閉めた。

 こんな時刻にいたずら電話でもないだろうから、間違い電話か?

こちらの名前を確認もせず、「ですから、奥様にお知らせしたい」

と繰り返した。そして、だれかが死んだという。

あれは、なんだったのだろう。ちょっと薄気味が悪い。

映画の『フロム・ヘル』では最後の犠牲者が映されていた。

 それから半年ほど経った、つい先日のこと、同じ相手から電話が

あった。時刻は夜の十時頃だった。

「もしもし、奥様にお知らせしたいことがございます」

 僕は相手の声を忘れていなかった。

「奥様が親しくしておられたAさんがお亡くなりましたので…」

それも記憶通りのセリフである。

「あなたね、前にも深夜にそう言って電話してきたよ。

よく覚えている」

「え?そうでした」ケラケラと笑い声がして電話は切れた。
 
だれかが死んだと深夜電話をしている奴がいる。

とても不愉快な気分が残った。