弓場敏嗣氏の書評

イメージ 1


弓場敏嗣(ゆばとしつぐ・電気通信大学名誉教授)さんは尾道市因島の出身で、

わくわく亭は尾道サポーターの会で年に一度お会いする。氏は現在SNSで書評を

書いておられる。

新刊『尾道物語・旅愁篇』の書評を頂いたので、掲載させていただく。

弓場敏嗣@我孫子========================================================
■森岡久元(もりおかひさもと)・著:「尾道物語 旅愁篇」、澪標、2012/8、
247頁、1,300円、★★★

尾道にまつわる青年の旅愁が、一人の老年期の男の視点で語られている。私見では、

著者森岡久元は歳を重ねて、男女間の愛欲が描けるようになった。

濡れ場の描写は慎ましやかであるが、それにいたる男女の心の動きに細やかな情感が溢れる。

6篇の作品から構成されている。

それぞれで、一人旅の情景と緊迫感のある青年の心の哀切が描かれている。

最初の『三原まで』で描かれる、14歳の双子の姉弟の入浴シーンは美しい。

『二月の岬』では、20歳の学生が旅先の道後温泉で経験する湯女との交情が描かれている。

『富士見橋の理髪店』は、床屋のかみさんとの情事を40年後に白日夢として経験する話である。

最後の『尾道のラーメン』では、テレビのない時代の映画館の様子が思い出される。

今度尾道に行ったら、この朱華園のラーメンを食ってみよう。

この作者が尾道に住んでいた子供の時分、自分(評者)は隣の因島(現在は尾道市)

に在住していた。郷里を同じくし、その後関西の大学を卒業、東京で会社務めを経験するなど、

同世代としての時代を共有している。

6畳一間の木造アパート暮らしや各駅停車の旅の描写には、湿っぽい懐かしさと親しみを呼び起こす。

1960年代、1970年代の激動する政治の時代を生きた割には、描かれる内容にさほど政治性が

ないのが不思議な気がする。

同時代を生き延びた<戦友の手記>の雰囲気がある。

著者は1940年生まれ。東京に在住する尾道所縁の小説家である。

最近は尾道市立大学の非常勤講師をしているらしい。

<あとがき>の中で、簡にして要を得た作者による各篇の紹介がなされている。

『尾道物語』には、他に純情篇、幻想篇がある。