松本大洋『青い春』

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いしかわじゅんがマンガ評論『漫画の時間』(晶文社)で取り上げていた松本大洋の作品は

『青い春』だったので、どこかで見つけたなら読んでみたいと思っていた。

幸運にも、大泉学園駅の近くにあるブックオフで見つけたから買ってきた。

同時に安彦良和の『虹色のトロツキー』が2巻から7巻まであったから、これはラッキー

だと買った。というのは、わくわく亭は半端なことに1巻と8巻のみ持っていて、

2~7巻は欠いたままでいたからなのだ。


まずは『青い春』から読む。

期待は裏切られなかった。

1990~93年にかけて雑誌に発表されて作品7篇が収められている。

作者が23~26歳に描いたもので、圧倒的な閉塞感の下で、生きる目標がみつからず、

ただ身体の内部に蓄積される得体の知れない激情を、ささいな切っ掛けで、暴発させて

しまう十代の男たちを、強く太い線で描く。

得体の知れない激情であるから、かれら自身、それが何なのか、何故なのか分からないまま、

もてあまして、ついには自爆してしまう。

中でも「しあわせなら手をたたこう」「ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ!」

「だみだこりゃ」の3篇は強力だ。


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「しあわせなら手をたたこう」は落ちこぼればかりが集う男子校の話で、

屋上のフェンスの外側から両手でつかまりながら、何回両手を放して手をたたくかという

危険なゲームをして、「根性」を競い合う高校生たち。

無意味なゲームで命を落とすことになる。

むなしい死であり、坂本九ちゃんのヒットソングのタイトルが、強烈な皮肉を発している。


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ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ!」はファミレスをたまり場にする

男子高校生たちのナンセンスな会話が、とにかく面白い。

いまなら舞台はコンビニかゲーセンなのかな。


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「だみだこりゃ」は志村けんでも言いそうな地方なまりのセリフだが、ラストに

主人公が吐露する言葉で、これも皮肉がきいている。

電車の中で、パンクヘアの高校生が居眠りをしながら、頭をガラス窓にぶつける。

近くに乗っていた別の高校生が、これから向かうデートの女の子のことを思って

にやにやしている。パンクヘアの男は自分が笑われたと誤解して、「電車をおりろ」と

いんねんをつける。主人公はその理不尽な相手を駅のホームに突き落とす。

相手は走って電車をおいかけ、止める駅員を殴りたおし、車にはねられて死んだかにみえながら、

また起きて追いかけてくる。警官が止めようとすると、警官を倒して拳銃を奪い、さらに

車を奪って追いかけてくる。車は電信柱に激突。ついに死んだかと、ほっとする主人公。

ところが、相手は拳銃を握ってあらわれる。

主人公はつぶやく。「だみだこりゃ」と。

徹底的な理不尽さ。

何故なのか。分かるはずがない、その暴発。



ここから、松本大洋は、傑作の『竹光侍』にたづりつくのであるが、その「暴発」する

得体の知れない激情は生き続けている。