「神の島」へ

11月25日、アキナが運転する車で、与勝半島から海中道路を経て浜比嘉島へ行く。

海中道路が完成して与勝半島平安座島、宮城島、伊計島との連絡は、漁船に似た渡し船

頼っていた。その渡し船が、海中道路の中間点である“海の駅あやはし館”に展示されている。

館内のレストランで沖縄料理のバイキングの昼食をとる。


海中道路平安座島に渡って、すぐ南側に見える島へと橋を渡る。

その島が「神の島」である浜比嘉島である。

周囲7キロの小さな離島で、2つの集落に、あわせて400人あまりの住民がいる。


なぜ「神の島」と呼ばれているかというと、琉球神話によると、日の大神が開闢の神である

アマミキヨ(アマミチュー)とシネリキヨ(シルミチュー)という二柱に命じて沖縄本島

つくらせ、そこに9つの聖地と7つの森をつくった。その聖地がウタキ(御嶽)とされる。

いわば、『古事記』のイザナギイザナミの二柱の神による国産みの神話に相当する。

その沖縄をつくった神々が住んでいたのが、この浜比嘉島だと言い伝えられているのである。


われわれ一行は、わくわく亭夫婦と倅のダイスケ、運転するジュンの妻アキナと、孫のミウとミク

の6人であるが、そんな神話の場所に行って見たがっているのは、わくわく亭唯一人である。

アキナもそんな場所の所在は知らないから、集落の周りを回ってみるものの、

地図も持っていないし、道端に目につきやすい観光用の標識もなく、神々が住んでいた場所が

みつからないのである。

住人のおばあさんに訊いてみる。

「神々が住んでいたという場所か、神々を祀ってある場所はどこですか」

「あちこちにあるよ。すぐ南側にもあるし、島の入り口の橋のちかくにもあるし」と教わる。

すぐ南側、というのへ行ってみる。

道路工事をしている作業員に訊くと、そばのヤブのなかに何かあるという。

たしかにちいさなホコラらしき拝所が林の中にあった。

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亜熱帯の生命力の強い樹木が、覆い被さるようであり、すごいヤブ蚊の群れが襲いかかる。

わくわく亭一人で幸いだった。女達や赤ん坊が一緒だったら、ヤブ蚊の餌食になっただろう。

「ヤブ蚊が、ホコラを守護しているみたいだったよ。ここは、集落の人たちの拝所らしい。

島の入り口へ戻ろう」と慌ただしく、逃げるように移動する。


島の入り口に戻ってみると、「東の御嶽」の標識を見つけた。

そこもまた、観光客が訪れるような道ではない。

ほとんど手入れのしてないようなヤブの中にある細道をたどる。

すこし広くなって、なにか木工所のような作業所の前を抜けると、また木製の標識が

見つかった。

「東(あがり)の御嶽(うたき)・シヌグ堂」と書いてある。

女たちと赤ん坊は車の中で待つ。

なにしろヤブ蚊がすさまじいからである。

わくわく亭とダイスケが茂みに中に入る。

そこは、ちょっとした広場のようになっている。

もちろん、鳥居もなければ社殿もない。

あるのは広場の中央に、樹齢が何百年だろうかという「ガジュマル」の怪異な巨木が枝を

ひろげ、広げた枝をからませて、どこがどうなって元の幹につながっているのか見当もつかぬ

もつれかたをしながら、広場の空間を覆い尽くしているのである。

陽をさえぎって薄暗く、「ガジュマル」の姿はいいよいよ不気味である。

正面に、ここでも、わくわく亭の腰の高さほどの、つつましやかな石のお堂が、ひっそりと

しずまっているばかりである。

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ガジュマルの陰に、簡単な石段がつけてあるのが見えたから、「奥の院」らしきものが

あるのではないかと、登ってみた。

そこには、さらに素っ気ないセメントの四角い固まりのような造形物があった。

すぐ隣には、まさにコンクリートが積まれて、ガジュマルが押し包んでいる。

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もとの広場に戻ると、中央の窪地にたくさんの奉書紙で巻いた炭と、なにか大量の文字を書き込んだ

らしい巻紙が重ねられていた。祭礼に火をつけて用いるものなのかも知れない。

「東の御嶽」(あがりのうたき=アガリヌウタキ)では旧暦6月28日と8月28日には

ここで「シヌグ祭り」を執り行うのだそうだ。

シヌグ祭とは、沖縄の来訪神信仰の行事だそうだ。

シヌグとは兄弟のない男の祭りという意味で、男達が中心となる祭り。

山の神に豊作、繁栄を祈り、次に海に向かって同様の祈りをささげる。男達は草木を身にまとい

神に扮して村を浄めるために山をおりてくる。村の入り口で、女達から迎え入れの儀礼をうける。

これは神は平時には集落に存在せず、異界から来訪するという来訪神信仰の祭礼なのである。


島をこしらえた神アマミチューの名前の、「アマ」とは「あちの場所」の意味があり、

「チュ」とは島んチュのように「人」のことで、「遠いあそこの人」=海の彼方の異界から来る

神を意味しているのである。沖縄地方で信じられた海の彼方にあるとされる理想郷、楽土

である「ニライカナイ」がその異界といえる。


神は祭礼のときに遠く海の彼方から訪れるのであるから、聖地は森や広場でいいのであり、

日本本土のような鳥居や、神が宿る神社建築はないのが沖縄の拝所の姿なのである。

それにしても、このガジュマルをはじめとする沖縄のエネルギッシュな樹木は、沖縄の

神々にふさわしい霊木である。

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ここにとどまった時間はわずか10数分だったが、

わくわく亭は自分のちっぽけな精神をゆさぶるような神気、霊気があたりに立ちこめてくるのを

感じて、それを畏怖しつつ立ち去ったのである。


その夜は、ホテルの部屋に全員があつまって食事をした。

ジュンがどかどかと運び込んできたのは、昨日釣ってきたカンパチ、カツオ、チビキの

刺身であり、ツムブリのてりやきである。

魚をさばいて料理してくれたのは、アキナの友達夫婦が経営している近くの料理店。

ジュンが先に25匹もマグロを釣ったときも、そこでさばいて貰い、半分ずつ分配したそうである。


みんな食べること食べること。

わくわく亭はベッドに座り込んで、ミウとミクにせっせとミルクを飲ませているのです。

今夜はふたりの孫たちは、このままホテルにお泊まりである。

「神の島」ドライブで疲れさせたアキナママをしばし解放してやるのである。