ブックレビュー

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WEB検索していて見つけた、書店「啓文社」のコラム。

題して「本さえあれば、日々平安」

書店員だと思われる長迫正敏さんが「お薦めする一冊はコレ!」という

まじめな『十八歳の旅日記』のブック・レビュー。

若い人にこそ、この本は読んでほしい、とわくわく亭は思っているので、

長迫さんのレビューは、とてもうれしい。

長い文章ですが、ここに引用させていただく。



『十八歳の旅日記』

 著者:森岡久元

 出版社:澪標 



勉強できない、運動できない、笑いがとれないの三重苦。

これでは女子にもてるはずはない。このまま浮いた話しの無いまま高校を卒業してしまうのか。

悶々としていた。1970年代が終わり、80年代に移ろうとしていた。

 あとは不良になるしかない。ヤンキーと呼ばれている彼らは、一様にポニーテールの可愛い

女子を連れていた。何ともうらやましかった。

 でも、ダメだ。何もとりえのない私を、「無遅刻、無欠席は立派です」と褒めてくれた

担任を裏切ることはできない。イケてない三重苦をシラけた三無主義のポーズでごまかし、

意外と丈夫な身体を恨みながら、ただ真面目に、面白くも無い学校に休まず通っていた。


 ある日、奇跡が起こった。放課後に呼び出されて行った廊下の端に同級生の女子がいて、

恥ずかしそうに「あの言葉」を伝えてきた。映画やドラマ、流行歌の中でしか聞いたことがない、

「あの言葉」を・・・

 季節は秋だったけど、頭の中は一瞬で春になった。踊りだしたい気持ちを抑えて、

「いいよ。」とだけ答えた。生きてて良かった。心底思った。


 自転車を押しながら彼女と一緒に帰った。次の休みには映画に行った。

甲斐バンドのLPレコードを買ったばかりでお金が無く、小学生の妹の貯金箱から黙って借りた。

何を着て行き、何を話すべきか、「GORO」を読んで臨んだ。

 格好をつけたい一心で、友人を真似して煙草を吸おうとしたら、

「似合わないことはしないの!」と止めてくれた。

数学で赤点(彼女は満点に近かった)だったことも慰めてくれた。


 でも、1ヶ月、2ヶ月と過ぎた頃、何かが違うと思い始めた。

 彼女は私の言動を何でも知っていた。体育でバレーボールをしていた時、

ボールが来ないところへ逃げ回ったこと、美術の時間に「ちょっと絵具を貸してね」

と言って来た女子に、「はい、300万円」とオヤジギャグを言ったこと、

FMラジオで聴いた佐野元春の口真似で「僕は思うんだ・・・」とクールに決めようとして、

「ぼ、ぼ、ぼくは・・・」と裸の大将風になってしまったこと。

 
 なぜ彼女は、私のイケてない言動を好んで話すのか?

「ねぇ、こんなことしたでしょう」、「こんなこと言ったでしょう」、

いつも笑顔で話しかけてきた。

 監視されているようで嫌だった。彼女が嬉しそうに話せば話すほど、だんだん気分が重くなった。

結局、半年も続かなかった。

 私は何を勘違いしていたのか。彼女は、話のきっかけを振ってくれただけだ。

勉強できない、運動できない、笑いがとれない私から、地味に面白い話題を何とか掘り起こし、

会話につなげようとパスを送ってくれていたのだ。

 『十八歳の旅日記』は、残念な高校生で恥ずかしい思い出しかないが、それでもやっぱり懐かしく、

人生で一番バカで元気だった18歳の頃を思い出させてくれる。

 「ストローハットの夏」の良司くん、「ペリット」のノブオくん、「十八歳の旅日記」の頼久太郎くん。

あの頃の私に何処か似ている。感情を表に出してはしゃぐのは、何だか格好が悪い。

自信がないけど、背伸びがしたい。立ち向かっているつもりが、逃げ出してしる。

― いままでやれなかったこと、恥ずかしいとか、すこしの勇気がなかったからとか、

やってみてしくじるよりやらないほうがいいとか、いろいろな理由や理屈をつけて、

やらないこと ~ そんな行為をあえてやってみる。

すると、どうなるか。行為をすると、その分だけ世界が動くんだよ ―


 格好つけずに、気負わずに、誰かの真似をする必要も無い。ただ、

もう少し勇気を出せば、周りの世界が動く。もう少し視線を動かしたら、違った景色が見えてくる。

 それは、彼女が教えてくれようとしていたこと、かも知れない。


 大学を出て社会人1年目、配達先で彼女に会った。

名札の名字は変わっていて、他の女性スタッフとは違う、ゆったりとした制服を着ていた。

「頑張っとるんじゃねー」、高校のときと同じく、笑顔で話しかけてくれた。

「お世話になります。」、まだ板に付いていない私の挨拶は、随分ぎこちないものだったと思う。


 でもその時に、十八歳の「あの日」の日記を、やっと書き終えた。そんな感じがした。

     (2010/09/21おわり)