弓場敏嗣氏の書評

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弓場敏嗣(ゆばとしつぐ・電気通信大学名誉教授)さんから『十八歳の旅日記』の読後感想を

いただいた。ここに転載させてもらいます。



著者は<あとがき>で、「わたしは十七、八歳の少年たちが、彼らを取り囲

み、押しつぶそうとする閉塞感を破るためにふるう、小さな勇気について、無

性に書きたくなるときがある」と語る。現在70歳を過ぎた著者は、恐らくは自

分の青春を回顧し、少年という年頃の存在を慈しんで、世代を超えて共通する

若者の苦悩を小説に描いてみせる。以下の3つの小説は、若いが故に悩める現

代の若者への応援歌ともなっている。
 
 

「ストローハット」は、近所に住む一人暮らしの老人から、神通力のある帽子

をもらった夏休み中の高校2年生良司の話である。その帽子をかぶると勇気が

湧く。羞恥心を克服して行動すると、世界が動き、願いがかなう。良司はその

帽子をかぶり、片思いの彼女に声をかけ、めでたく恋を成就させる。夏休みの

終わり、良司は神通力のお礼に老人宅を訪れるが会えない。やがて、孤独死し

た老人が発見され、唐突に襲った死という不条理を想い、良司は怒りに震え

る。青春小説ではあるが、老人の人物描写が面白い。インドに遊行の旅に出る

老人は、ヨーガの瞑想経験で味わった幸福感を、「平生意識している自己とい

うものの単位というか、サイズというものがずんずん拡大してさ、光るような

意識の輪というか、そいつが最大限のところまで大きくなっていた」と語る。

この辺りの陶酔した精神状態の描写は、著者の真骨頂であろうか。



標題の「ペリット」とは、鳥が吐きだした未消化物のことである。水商売の姉

と同居する未成年の弟は、バードワォッチングの趣味をもつ。姉は勤め先の店

から、酔っぱらって行方が知れなくなる。連絡を受けた弟は、自転車に乗って

姉を捜す。「オオタカに内臓をひきぬかれて、ボロきれみたいにころがってい

は胃の中に長年にわたってため込まれてきた未消化物のグロテスクな固まりを

吐く。弟は「これは姉のペリットだ」と思う。夜明け前、弟はオオタカが威嚇

するときに出す啼き声を発しながら、自転車をとりに店に向かう。鳥と姉のペ

リットの関係性がいまひとつ読み取れない。姉はペリットを吐くことで、新し

い人生の展開が可能となるのだろうか?



「十八歳の旅日記」は、本書の標題ともなっている。江戸時代末期の教養人で

ある頼山陽の日記から、それに含まれる謎を解くことを中心にすえている。青

年時代の頼山陽が係わった女の影を日記の中に追い求める70歳を過ぎた女性

と、彼女からの深夜の電話を受ける60歳の主人公の恋物語でもある。頼山陽に

関する蘊蓄が展開されるが、漢詩の作者程度にしか知らないものにとっては、

読み進めるのに些かの苦労が必要である。日記に含まれる謎に共鳴を覚える読

み手にとっては、推理小説としての読み方もあろう。頼山陽の旅の途中、広島

県の竹原、尾道を経由する。尾道に縁の深い作者は、文中ところどころで広島

弁を話させて、尾道への愛着を示す。