短編「かれらの風貌」(11の9)

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朝は食事をさせた後に鎮痛剤を与え、夜は睡眠導入剤を与えた。

 鎮痛剤も眠くなる成分が含まれているのだろう、食後はしばらく眠っているから、

ぐるぐる回って、もがきまわる姿を見ないですむ。

その間に、タオルの交換や包帯の巻き替えをすませる。

 夜の薬はできるだけ遅い時間にのませる。

 薬効はおよそ三時間しか持続しない。

はやく与えると、夜中に眼をさまして、動き始め、鳴いたり吠えたりがはじまる。

 そうなると、私が起きるか、妻が起きるかしなければならない。

私たちは二階で寝ているのだが、下の玄関から聞こえてくるラッキーの声に、

どちらが耳ざとく眼をさますかである。

ふたりともに眼がさめていたとしても、どちらが相手より無慈悲に聞こえぬふりをつづけられるか、

我慢比べになる。

 我慢比べに負けて、私が寝床から起き出そうとすると、

「すみません」

 妻が小声でいうのである。

 ラッキーはぐるぐる回りをしているうちに、からだが壁やドアや下駄箱にぶつかって、

身動きできなくなると吠え始める。

抱き上げてやって、マットの中央に寝かせると、まずはなきやむ。

 オムツを替えてやったり、水をやったり、タオルを交換したりしてから、

ラッキーがしずまるまで、そばに座って彼のからだを撫でてやる。

 ころあいを見て、そっと二階にもどると、妻が寝床の中から、「ありがとう」という。

 電気を消して、横になったとたん、下からラッキーの吠える声がする。

「くそっ」と私。

「こんどは、わたしが見てくるから、あなたは寝ててください」

 妻が下りていく。

 パチッと玄関の明かりを点ける音がして、「あら、たいへん」と妻の声。

ラッキーのぐるぐるまわりが、どこかでつっかえているのである。

 そうしているうちに、新聞配達のバイクでくる。

 夜明けが近い、ということになる。


                 ―(10)へつづく―