「見晴らしガ丘にて」

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泉区立図書館が近いので、頻繁に利用している。

本は読むことにして、借り出さない。借りてくるより、館内で読む方が集中できて

早く、しかも精読できる。自分の本をリュックに入れて持参すると、家ではだらだら

読んでいるのが、図書館ではたちまち1冊読み終える。

これはいいぞ、と小学生や中高生と並んで「お勉強」している。


図書館にはマンガもかなり置いてある。

近藤ようこさんの「説経 小栗判官」と「見晴らしガ丘にて」もそこで読むことができた。

花輪和一さんの「刑務所の中」も読めた。

まだ、そうした世評の高い力作マンガがたくさんあるらしいが、貸し出し中なのだろう。

戻ってくれば読むとしよう。

ところで、近藤ようこさんの作品である。

まえに『鬼にもらった女』の紹介をしているが、彼女の民話や説話をベースにした作品は

安定した評価があるらしい。「小栗判官」もきれいな絵で描かれて、面白かったのだが、

もうひとつ、なにか物足りなさがあった。民話や説話の基本的なベースが、制約ともなって

ワクの中で、折角のマンガという破天荒な展開がゆるされるジャンルの特徴を活かしきっていない

もどかしさを感じた。お上品すぎる、といえばいいのかも。


その点、『見晴らしガ丘にて』は満足できた。

近藤ようこさんの作家としての力量を感じることの出来た連作である。

「見晴らしガ丘」という住宅街に住む住民たちそれぞれの現代の人生模様を、9つの独立した

ストーリを連作として描いたもの。

どれをとっても味わい深い短編作品なのだが、なかでも「ママ…DORAEMON]

「かわいいひと」「プレゼント」「なつめ屋主人」がわくわく亭の好きなベスト4となる。

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少女のような主婦が主人公。子供と一緒にドラえもんごっこをして遊んでいる妻に、

サラリーマンの夫は倦怠感をもつ。会社の女と浮気を長く続けている。妻は夫の浮気に

気づいていて、ある日、離婚してもいいのよ、とぽろりと言う。夫は女の部屋に転がり込む

のだが、女は結婚しようと言うのでもない。宙ぶらりんの気持ちで、久しぶりに自宅へ

電話を入れると、妻が夫からだとわかりながら、こちらは「…ドラエモン」と答える

あわれさ。


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大学の文芸部で作家を志望する男女の恋愛模様

あれこれ知識をため込んでいるばかりで、自分の体験から生まれた意見を持たない

評論家的な自意識過剰な若者と、彼の俗物である本質を見抜きながら、おとなしく

話をきく美人後輩の女の子。さいごに、その欠点をずばり言い当てて、男を

絶望させるのがだ、「どうして、そんな僕なんか」と自信喪失した彼に、「かわいいから」

とキスをする残酷で複雑な若い女の心理を描く。

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都会でひとりで生活している若くてかわいい女性が主人公。

ナンパしようとする男たちに寸前まで近寄るが、ぴしゃりと撃退してしまう痛快な彼女。

恋をするでもなくて、せっせと働いている。ある日、感情があふれてきて、抑えきれなくなる。

ああ、都会の孤独に耐えきれなくなったのだろう、と読者は見る。

彼女はシャワーで身体を洗い、好きなものを着て、さて買い物にでかける。

プレゼントのぬいぐるみを買う。

それを抱えて、見晴らしガ丘の家に行く。

布団の中で抱きしめる。それは、買ってきたぬいぐるみである。

自分へのプレゼント。

小粋なフランス映画で、かわいい孤独な女の子の話をみたような、小気味いい肩すかし。

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中年の女が「なつめ屋」というおにぎり屋を細々と営んでいる。

エロ小説作家の中年男が、毎日買いに来る。

おたがいに憎からず思いながら、月日が経ってゆく。

ある日、書きかけの小説の話から、戦時中の防空壕が裏に残っていると

女主人が案内する。くらい防空壕の中で、エロ作家はムラムラとなり、彼女を

抱こうとする。

彼女は押しとどめ、座敷に床を敷いて、「しばらくしていないから、やさしくしてくださいね」

と男を招じ入れる。

おにぎり屋の彼女の表情が、なかなかいいのです。


これを読んで、近藤ようこさんの作品系列のうち、現代ものが、わくわく亭の好みに合うように

思うのです。

近藤さんは1957年新潟の生まれ。

『見晴らしガ丘にて』で、1986年に第15回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞している。