土門拳の『風貌』(8)

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田村俊子という女流作家がいた。

大正から昭和初期に活動した作家で、当時としては退廃的とか官能的とかいわれた小説で

一時もてはやされた。『木乃伊の口紅』{大正2年)が代表作といわれて、高校生のわくわく亭は

どれだけ「退廃的」かと期待して読んで、夫婦で作家をめざしながら妻が夫より先に

作品が世に迎えられて、夫より家庭内の地位が高くなるといった、妻の社会的自立を

書いた小説で、がっかりしたことがあった。

1945年の田村俊子没後、瀬戸内晴美{寂聴)さんが第一回の田村俊子賞を受賞した(1961)。

作品はズバリ「田村俊子」だった。

その中の田村俊子は、作家としては「美人」であり、奔放な恋愛をする女であり、新聞社勤務の

好きな男が外国に行くと、作家生活なんか投げ捨てて海外に移住する情熱の女、男が死ぬと、

海外で学習した労働運動を実践すべく帰国すると左翼活動に参加するという実行型であり、

共産党活動家だった窪川鶴次郎と妻稲子(佐多稲子)と親しくなると、19歳も年下の

鶴次郎と肉体関係をもって、佐多稲子を離婚に追い込む不倫の女。

そういう奔放な愛に生きる女を書いた。


田村俊子が、どれほどの「いい女」だったのか、写真を見たいと思っているうちに、

いつのことだったか、「田村秋子」の写真を見て、「ああ、田村俊子はいい女だな~」と

勘違いをしてしまった。

以来、長い年月、わくわく亭は新劇女優の田村秋子さんの写真を、「奔放な愛に生きた美人作家・

田村俊子」と思い込んでいたのである。


土門拳の『風貌』によって、はじめて思い違いに、気がついた。


田村秋子(1905~1983)、新劇築地座を夫君とともに創設し、文学座創設にも

参加した実力派の新劇女優である。

そういえば、今村正監督により映画『にごりえ』で、三話の一つ「十三夜」で女主人公のお関を

演じたのが田村秋子だった。


土門拳さんは田村秋子の左右の眼のアン・バランスが魅力的な表情を生むと、写真家らしい

美人評をする。

《一層生き生きと美しく輝かせるものはその(アン・バランスな)眼の変化に富んだ動きだった。

 視線の切り替えがまるで電気のスイッチを切るように烈しく、それからジーッと吸い込む

 ようにみつめるのだった。

 その理知的であり、意志的であり、情熱的な眼は、やや受け口な厚い唇とともに、

 名女優田村秋子さんの魅力の本源だと思った》

う~ん、わくわく亭がなぜ、田村俊子と間違えて、(もちろん若い頃の)田村秋子さんの写真に

一目惚れしたのか、土門拳さんの分析でよくわかった。

二人の女性は、どこか、似たところもあったかもしれないが、

違うところの方が大きかっただろう。その《意志的》という性格において。