紫陽花の人
この写真は鎌倉に住む友人のH子さんから届いたもの。
「紫陽花の季節もすぎようとしております。お変わりなくおすごしでいらっしゃいますか」
に始まる手紙に添えられた鎌倉成就院の坂道で撮られた紫陽花の写真です。
いつも鎌倉のめずらしいお菓子を送ってくださる方で、紫陽花の写真とともに、
豊島屋の「あじさい」の砂糖菓子をいただきました。
きれいな色なので、すぐ写真を撮りました。
H子さんの手紙に「ちょっといい話」が書かれてあるので、紹介することにします。
「先日のこと、思いがけないことがおこりました……」
一通の手紙がH子さんのもとに届いた。
差し出し人の名前に覚えはないのだが、その住所はH子さんが少女時代を過ごしたと同じ場所
だった。
封を開いてみると、そのころ向かいの家に住んでいたDさん一家の、何番目かの男の子だった
Tさんからの手紙だった。
最近偶然にもTさんは、H子さんと共通の知人から彼女の住所を知って、すぐに手紙を書いたという。
Tさんは、当時幼稚園児だったH子さんを忘れずにいたのだが、H子さんの方はTさんがD家の
たくさんの兄弟姉妹のなかの、どの子だったか記憶はなかった。
「突然押し寄せてきた60年も前の(Tさんの)記憶に圧倒されて、タイムトンネルの入り口で
戸惑っておりました……」
その後電話や便りを重ね、近く会うことになったものの、会ってみたい気持ちと、ためらう気持ちが
半分ずつ。
Tさんはお向かいに住んでいた幼いH子さんに憧れていた。
一年たったなら同じ小学校へ一緒に通えるようになると期待して待っていた。ところが、H子さんは
電車に乗って、別の小学校に通うことになった。
それを知らされ、
「幼い頃のいちばん悲しいできごとでした」とTさんは書いてきたという。
「やはりこれは開けずにおいた方がよい箱では、と思います。抱いてくださっているイメージを
大きくこわしてしまいそうで……。
お約束の日が一日ずつ近づいて、すこし息を詰めてくらしております……。
わくわく亭さんでしたら、こんなささやかなできごとも、きっと詩情を添えてお書きになるのでは、
とおもいながら。
どうぞお笑いになって、お読み捨てくださいませ。
心ばかりの品、召し上がって頂けましたらうれしゅうございます。この写真は先日成就院の
坂道で撮りました」