ロック vs 小津安二郎
ロックンロールが彼女の主要作のBGMというか、基調音として流れている点については、前回の
日本的な家族、家庭の風景と美意識を、ドラマの起きない静止的な空間ととらえて、彼女が絶大な
支持をした躍動するロックンロールの世界の対極に据えようとしていたのを読んで、小津映画のファン
であるわくわく亭としては、この表題で記事を1本書く動機になった。
映画を推奨されたらしい。蓮實さんには「監督小津安二郎」の著書もあるくらいで、並々ならぬ
小津映画礼讃者である。
都留重人らによって戦後創刊された。いま「ダイジェスト 1946~1996」が刊行されている)
に寄稿したいくつかのエッセイがある。
「やってくるのはエンドマーク」(1998・10)
「家の中には何かある」(1998・12)
「カッコイイのが勝ち」(1990・2)
「家庭」にはドラマは起きない、起きたなら「家庭」ではなくなってしまう、と論じる。
ついで「家の中には…」では家庭には家庭を守るためのルールがあって、外のルールとは別物。
ルールとは何も起こしてはならない、家族は仲良しでなくてはならない、平和をみださない、というもの
で、パパもママもこどもたちも犬までが、ホームドラマに呪縛されている、という。
そして、そうしたルールに守られた何も起きない「家庭」と対決する外部の危険な自由が
ロックンロール(岡崎京子はロケン・ロールと表記する)であり、
「カッコイイ」ロケン・ロールが勝つ、と宣言するのである。
とてもわかりやすい、岡崎さん自身による、彼女の作品が何を描きたいかの解説になっている。
以下、もうすこし詳しく説明しよう。
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岡崎京子にとって、日本の「家庭」とは何事も起きない空間であり、起きてはならない予定調和の
世界であり、何事も起きないようにするためのルールで守られた閉塞的なシステムだという。
それを美しく映像化したのが小津安二郎の世界だという。
その家庭というシステムを映し出す小津映画は、まるで「家庭」という空間、時間に対する
「フェティシズム」である、という。
たしかに『晩秋』の原節子は「静謐で清冽に、うつくしい」
しかし、原節子は「逃げない。何処から?家庭から、システムから」
そして原節子は「快楽に身をゆだねない。永遠の処女。エクスタシーはこない」
それでも映画のエンドマークはやってくるし、家庭の中でみんな死にゆくだろう。
ただ一度だけ、『晩秋』の中で、原節子が夏の鎌倉海岸を、こころ密かに好きな人と自転車で
疾走するシーンがある。快楽の笑顔がある、こぼれる満開の花のような絶対の笑顔だ。
あのまま、「家庭というシステム」から遁走してしまえばいいのに、と岡崎京子は思う。
そして、そのシーンを観るたびに、なぜか岡崎はぽろぽろ泣けてしまうのだそうだ。
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岡崎京子の作品では、ほとんどの女の子たちの家庭は、離婚家庭であり、父親はあっても外に
愛人をつくっているし、姉妹はシングルマザーであったりする。壊れた家庭というより、
こわれる定めにあるシステムの中で育っている日本の少女たちである。
それは、「“セックス、ドラッグ&ロケン・ロール”というヤツから遠く離れた場所にあるものです」
という。
たいくつな「家庭」世界で、がまんしながら生きると言うことは、立派だといえば立派だけれど
時間が均一にながれていて速度がかんじられない、生きているのか死んでいるのかわからない、
面白くない世界だという。
ロケン・ロールはその世界を震撼させる。
大きな音でスピーカーを鳴らし、パパやママを不安にさせる。
お家の時間軸を狂わせ、「家庭」の秩序が狂う。だからパパとママは怒る。
ロケン・ロールと家庭はこうしていつも対立する。
「でも勝負はあり。カッコイイ方が勝つ。ロケン・ロールの勝ち。だってパパとママはマジメな
フリして実はこそこそセックスしてるんだもん。ダサイのは、負け」
と岡崎京子は結論するのである。
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しかしだよ、岡崎京子さんの描く男女は性欲を、まるで食欲のように処理しているけれど、
まだ未熟な性から、成熟した性の過程をとびこして、狂暴な性へと進んでしまう。
性に満たされるどころか、性は虚しい表情を帯びており、セックスをするかれらは喪失感に
さいなまれるばかりだ。
そうして、そこから疾走して逃げ出した、遁走したはずの、小津安二郎的な古典的で調和した
風景に後ろ髪をひかれているような、アンビバレントな悲しげな表情を見せているのではないか。
ころにワケがあるのではないだろうか。
それでいいのではないですか。
あんなレトロな退屈な世界も悪くない。そればっかりだと胸焼けするが、
またロケン・ロールばかりでも胃もたれするから、気の向く日には
とりかえてみることで。
それでいいのではないですか、岡崎京子さん。