岡崎京子のパンクロック

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岡崎京子さんが「リバーズ・エッジ」から「ヘルタースケルター」へと進化してゆく過程で、

この本に収めた4篇、とくに「私は貴方のオモチャなの」と「3つ数えろ」は意味のある

注目作品だと思う。

セックスとバイオレンスが「リバーズ・エッジ」以後顕著な特徴になってゆくが、彼女がモチーフ

にしているロックミュージックが、ニューウェーブからパンクへ、さらにロック初期の衝撃的な

パフォーマンスへと遡ってゆくのが興味深い。

東京ガールズブラボー」には79~80年代に流行したニューウエーブのロックがふんだんにBGM

として流れているが、それに飽きたらないのか、70年代の暴力的な耳をつんざくロックの源流へとさか

のぼりながら、この2作は描かれている。

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白状すれば、わくわく亭はロックについては、ビートルズくらいまでしか聞いていない。

だからロックについて何かを言う資格はないのだけれど、岡崎京子さんの本はロックぬきでは

論じられないのではないか。

的はずれなことを書くかもしれないのだが、その点はあらかじめ断っておこうとおもう。

まず、「私は貴方のおもちゃなの」だが、英語のタイトルもつけてある。

「Iwanna be your dog」である。これはイギー&ザ・ストゥージズという元祖パンク・バンドといって

もよかりそうなバンドのヒット曲である。

イギーはミシガン大学の学生でバンドをはじめ、上半身裸になり、肉体に傷をつけるなど過激な

パフォーマンスをやり、耳をつんざくようなメタリックギター演奏をやってみせた。

かれらにつづいてイギリスではセックスピストルズのようなスキャンダラスで過激なステージを

みせるバンドが成功する。

ロック「Iwanna be your dog」をマンガのタイトルにつけたときに、岡崎さんは女の子が

好きな男に犬のように鎖をまかれ、人間性をふみにじられ、男の仲間3人からも弄ばれても

なおかつ「これですこし大人になった。これがあたしの21歳の夏の物語です。それでも

あたしは貴方をアイスのだ。なんちて」といわせる。

セックスと愛することとの間にある深い断絶、セックスは暴力でしかない。まるでマゾの世界

に落ちかけている女の子の無知で不毛の「愛情」への幻想。

もう救いようがない。

そうして「落ちていく」女の子の「セックス」を描くのが好きであると、

岡崎さんはエッセイに書いている。

イギーのロックの訳詞の一部を載せてみる。


何も考えず貴方の犬になる


貴方のその指先が

胸元で踊るとき

世界の終わりの音楽が

耳元で鳴り響く


枯れかけた花 遠い夏

失くした未来 愛の痕

降り積もる雪 空の色


何も考えず貴方の犬になる


割れたレコードに耳を当て

壊れた歌を拾い集め

軋むベッドに身を委ね

世界の終わりを望んでる


枯れかけた花 遠い夏

失くした未来 愛の痕

降り積もる雪 空の色


何も考えず貴方の犬になる


はげしいメタリックギターの騒音としか聞こえない大音響とイギーの血だらけの裸体、

そして彼の狂犬のごとき咆哮が、この詩を絶叫する。

そういえば、「でっかい恋のメロディー」の中で、古本屋の色っぽいお姉さんが中学生の

男の子に言うではないか。

「世界は喪失、欠如、不在、消失にみちているわ。そして暴力。それだけで世界はぱちんと

はじけそうよ」ってね。

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「3つ数えろ」と聞いたなら、

おじさんであるわくわく亭は映画の題を思い出すよ。

レイモンド・チャンドラー原作「大いなる眠り」をハンフリー・ボガード主演で映画化した

邦題が「3つ数えろ」だった。

しかし、岡崎さんのは1980年代のロックバンド「ソニック・ユース」の曲の中の詩

からとったものだそうだ。

若い徹底的にワガママな男女が、結婚する。男は性的不能者で、女性に暴力を振るうときだけ

「回復」する。若妻はその性向をしっているから、町で女の子を誘い込んできて、夫のオモチャとして

与える。かれらはついついバイオレンスがすぎて、殺人を犯してしまう。

3人も殺しておいて、庭の歌壇に埋めてしまう。

そして、彼らは破滅もしないで、ともに長生きをする。

ここにも愛の不毛と喪失が、いやというくらい残酷に描かれる。

救いようがないよ。

かれら主人公達はどこへいこうとしていたのか。

ヘルタースケルター」の世界しかないでしょう。 


岡崎京子さんにとってロックは予定調和的な日本の「家庭・家族」への絶対的なアンチテーゼだった。

ロックと家庭は相対峙する概念だった。

そのことを、彼女が書いているエッセイから紹介しよう。

                     〈つづく〉