村上春樹訳『ティファニーで朝食を』

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村上春樹さんの新訳で有名な『ティファニーで朝食を』(トルーマン・カポーティ著)を読みました。

「有名」といったのは、もちろんオードリー・ヘップバーンの主演で撮った映画が世界的な大ヒットと

なったからだ。

原作は1958年に出版され、1961年というから、原作出版からわずか3年で映画化されたことにな

る。日本語訳は龍口直太郎(たつのくちなおたろう)さんによって新潮社から1960年に出版された。

これもまた原作出版から2年後の日本語版の登場だ。

どれほどの人気作品だったか分かろうというものです。

わくわく亭も映画は見ました。

ローマの休日』で世界的な成功をおさめ、『麗しのサブリナ』『昼下がりの情事』『尼僧物語』

許されざる者』とヒットが続き、いまや世界的大女優となったヘップバーンの最新作として

やってきた『ティファニーで朝食を』がどれほどの期待をもって受けとめられたことか。


映画は片田舎からニューヨークにやってきた、猫のようにキュートで天真爛漫な女優の卵ホリー・ゴライ

トリーが社交界を泳ぎながら、おなじアパートの住人であった駆け出しの小説家のもとへと戻ってくる

までのロマンティック・コメディ。

ヘップバーンが窓のそばでギターをひきながら歌うヘンリー・マンシーニの「ムーン・リバー」が

また大ヒットするというのだから、日本中の若者が映画館につめかけたのも当然でした。


しかし、ヒットした映画、とくにハリウッド映画の原作は、あまり読みたくないものです。


そのため、こんにちまで原作は読んだことがなかったのです。

なぜ読んでみたくなったかといえば、村上春樹さんの訳本だからですよ。

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わくわく亭の『ときには本の話もね』コーナーでは、これまでに村上春樹の翻訳小説をいくどか

論評しています。


グレート・ギャツビー』、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』などです。

春樹さんの小説は短編集をいくつか読む程度ですが、翻訳ものはレイモンド・カーバーをはじめとする

中央公論新社から出している村上春樹翻訳ライブラリーは、ほぼくまなく愛読しているのです。

アメリカ文学の翻訳に彼の文体がほどよく合っているからだろうと評価しているのです。


カポーティには代表作といわれるドキュメンタリースタイルの『冷血』がありますが、

好きなテーマではないので、まず今後も読む機会はないでしょう。

すると、この『ティファニーで朝食を』は翻訳ではあっても、カポーティーと最初で最後の出遭いに

なるかもしれません。

読後感ですが、これでカポーティーとはお別れということになります。

期待はずれの作品でしたね。

村上春樹が選んだのだから外れはないと期待したのに、ハズレでした。

あとがきで村上さんはノーマン・メーラーの言葉を引用して、こう述べています。

ノーマン・メーラーが予言したように『ティファニーで朝食を』は現代の

「ちょっとした古典」として世界中で今でも読み継がれている。

多くのその時代の「古典候補」が歳月の試練に耐えきれず、

坂をずるずると滑り落ちていったあとでも『ティファニー』はしっかり生き延びている。

そうだろうか、本当とは思えない。

これもまた「ずるずる滑り落ちていく」ライト・ノベルの部類ですよ。

ティファニー』がすぐに映画化された理由が分かりました。

まるでドタバタのハリウッド映画の脚本のような、おもしろ人種のコレクションといった、きわめて

通俗的な小説です。

映画では麻薬取引の連絡係として利用され、社交界から追放されたホリーは、ブラジルに脱出する

準備をしておきながら、若き作家のもとに戻ってきてハッピーエンドとなる。

原作では、彼女はアフリカあたりを放浪しているかもしれないが、実際は行方知れずで、彼女が捨てた

猫だけは作家がみつけたという終わり方をしている。

このラストは村上春樹好みらしく、わくわく亭も「うまい」と思います。

しかし、全体に読者のウケをねらったような設定の山盛りサービスで、ホリーという捨てられた猫

のように奔放で危なっかしくて、キュートで、そして孤独なイキモノという人物造形が、あまりに

たくさんの登場人物とタブロイド新聞のニュースめいたエピソードの山のなかで、うすっぺらな印象

になってしまっている。

ハリウッド映画の原作小説としてなら、春樹さんがいうように、あるいは「生き延びる」ことになり、

またいつかペップバーンに匹敵する女優を主演に再映画化されるかもしれないけれど。

村上春樹さんが次々翻訳するフィッツジェラルドに比べても、文学作品として『ティファニーで朝食を

は、はるかに見劣りしてしまいます。


それから、作中おなじアパートに住んでいる日本人ユニオシについてですが、時は太平洋戦争の

最中という設定であるから、日本人がアパートでホリーに「鍵をあけてくれと、うるさくしないでくれ」

と叫ぶのはおかしいんじゃないだろうか。日本人は敵国人として強制収容されていたはずで、

これは作家のミステークでは?


とかなんとかいっても、わくわく亭は村上春樹さんの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を

翻訳小説の金字塔という評価をしていますから、これからも春樹さんの翻訳本ファンであることに

かわりはありません。