水の中の小さな太陽

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最後になったけれど、岡崎京子さんの短編集『エンド・オブ・ザ・ワールド』の中から「水の中の小さな太陽」を取り上げる。

岡崎さんは(93/3~94/4)『リバーズ・エッジ』を描き上げてからも、高校生や若い女性たちの
インモラルな生き方と、それがみちびく悲惨を連続的に作品として発表してきた。
その到達点の一つが『ヘルタースケルター』だった。

94/2発表のこの短編は、『リバーズ・エッジ』からの流れを引き継いだ作品である。

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高校生のミーナ(美奈子)は小学5年のときに、海で溺れて死にかけた記憶がある。そのとき水中から
みた太陽光線の輝きが忘れられなかった。

成績も学年で5番(女子で2番)の優秀な女の子で、美人で、女の子があこがれるユーヤ君とは
ベストカップルの仲で、羨まれているし、申し分のない学園生活を送っている。

ミーナは、そんな自分に満足していない。テレクラで知り合ったマゾ趣味のオヤジを、軽蔑しながら
相手をしている。かせいだ金で、薬物を買って試してみる。
小田急沿線の住宅に両親と暮らしながら、ひりひりした刺激が欲しい女の子なのだ。

からだの中から湧いてくる刺激的なものへの欲望を、コントロールできなくて、不安なのに、爆走を
止められず、「だれか あたしを とめて」と心のうちで訴えている。

以前は好きで尊敬していた女教師をユーヤに誘惑させて、現場写真を撮って、それで脅迫しては
金をむしりとり、試験問題はリークさせて高成績をつけさせる。

ユーヤとのセックスは緊縛したり道具を使ったりしないと燃えなくなっており、そんなミーナから
ユーヤは距離を置きたがっている。
ついにミーナのただ一人の親友である純情なサヤカにユーヤは乗り換えようとする。

ユーヤに裏切られて、ミーナはひとりで青山のパーティーで薬物を客に売ろうとして失敗。
地回り(ヤクザ)につかまって、オモチャにされたあげく、簀巻きにされて、夜の川か海かに
捨てられる。

ミーナはおぼろな意識の底で、小5のときにおぼれかけたことを思いだしていた。

見上げた水面でキレイに輝いていた太陽は見えない。

「ここは 暗いなあ、暗い。あたしの大好きな あの太陽も 見えや し ない」

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5つの短編の中で、もっとも刺激的な作品であるし、ストーリーとしてもまとまった作品にしあがっている。

ただ、岡崎作品を発表順に読んでくると、無軌道な高校生を描いては世評の高かった
リバーズ・エッジ』という傑作をもっているから、すでにこなれた描きっぷり、というか、
やや既視感があって、マンネリっぽいと受けとる読者もいるだろう。

読者というものは、欲深い者だ。作者に「つぎは、どんなもので面白がらせてくれるのか?」と
要求をやめない。

そこで作家は、より刺激的なものを描くことにもなる。

それが岡崎京子に、『ヘルタースケルター』を描かせたといえるだろう。

以上『エンド・オブ・ザ・ワールド』に収められた5つの短編を読み比べてみて、
作者の多彩な多面的なストーリーテラーとしての才能を楽しむことができた。

その若き才能の向かうところ、無限の可能性があった。

つぎには、どのような素材で、どのような問題意識で、あたらしい世界を描き
出してみせるのか、だれもが期待をしていた。

岡崎京子さんが不幸な事故の犠牲となって、その才能を包みこんでいた彼女の頭部が
重度の損傷を負ったのは、まだ33歳のことだった。