絵を画く小津安二郎(1)

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映画監督は絵コンテを画いたりするから、絵が上手い人も少なくない。黒澤明の絵コンテは、もっとも
有名な例だろう。

小津安二郎監督も上手い絵を画き残している。
黒沢監督のとは画風が異なる。俳句や短歌や詩を書いている小津さんだから、画風も文人風であり、
これなどは俳画である。

北鎌倉に住んで鎌倉の作家達と、親交を結んでいた小津さんにはもともと文人趣味があった。

中年以後の日記に永井荷風の「断腸亭日乗」を愛読する記述が、散見されるが、荷風文人趣味として俳画を画くことを好んだように、小津さんもちょっとその傾向があったらしい。

この作品は鎌倉に母の「あさゑ」さんと、久しく二人暮らしをした頃とあるから、かなり晩年にちかい頃
のものと思われる。

ははと子の 世帯久しくこの夏も 北鎌倉に夕蝉をきく




新聞社の芸能部記者をつとめていた石坂昌三さんの『小津安二郎茅ヶ崎館』を読むと、
茶目っ気のある小粋な母であった「あさゑ」さんの面影が描かれている。

石坂さんが北鎌倉の小津邸を初めて訪ねたとき、白髪の小柄で上品なお婆さんがあらわれた。

彼女は真面目な澄ました顔をして、こう言った。

「安二郎は、ただいま“ニューヨークの王様”ですが、まもなく上がりますから」

当時チャップリンの新作映画「ニューヨークの王様」が話題になっていたのである。

「息子は入浴中」だというのに、その映画タイトルをジョークにつかって、初対面の新聞記者に挨拶する母親に、石坂さんはたまげたそうである。

生涯独身を通した小津さんは、なぜ結婚しないのだと訊かれると、きまって、
「家にいるババアで間に合っているから、ヒッヒッヒッ」と、
冗談にして、はぐらかしたらしい。

この母は昭和37年86歳で他界。
小津さんは、なんとその翌年に母の後を追うようにして、還暦の年に亡くなった。