岡崎京子(2)
『ヘルタースケルター』は美しくなりたい、アイドルと呼ばれたい、という女の子なら誰でもが
抱く夢を実現した「りりこ」が主人公である。
地方から上京してきて風俗嬢になっていた彼女が、その理想的な骨格に目を着けた「ママ」に
見いだされて、大金を投じて全身美容の整形手術を受ける。そして、完璧な美女に生まれかわり、芸能界
のアイドルとなり、彼女の夢は実現したかにみえた。
しかし、その美貌は頻繁に、苦痛をともなうメンテナンスを継続しなければ、壊れてしまう危険があっ
た。その追加手術のたびに大金が投じられたから、社長である「ママ」のいいなりになって
寝る間もなく芸能界で「りりこ」は働く。
しかし、ついに「壊れる」時がくるのである。
「りりこ」が壊れる時を予測して「ママ」は、つぎのアイドルを養成しつつある。
「りりこ」は不安と虚栄心、焦りと怒り、欲望と恐怖、あらゆる激情のとらわれの身となって、夜ごと日
ごと周囲のものを傷つけてしまう。
一方、整形外科医はかずかずの違法行為を冒しているため、検察の内偵がすすんでおり、「りりこ」は
そのモルモットとしての証人として内偵対象となる。
こうして、彼女が手に入れたはずの美しさとアイドルの地位は音を立てて崩れ落ちていく。
ついに、頭髪は抜け初め、顔にアザが生じ、からだにケロイドのような手術跡が浮いてくる。
絶望が「りりこ」を襲う。
ある日、眼球が一つ抜け落ちた!
しかし、「りりこ」は滅びたのではない。何年かの後に、海外旅行をした関係者たちは
フリークショーの女王となって、片目に黒いアイマスクをして登場する「りりこ」に出遭う。
そこに作者は『to be continued』と表示していることから、「りりこ」のリベンジを、あるいは
描き継ぐつもりがあったのか。
それもまた、飲酒運転手の手によって奪い去られたことになる。
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「ヘルタースケルター」とは何のことか。英語で、混乱とか狼狽、無秩序、乱雑といった意味がある。
いまひとつはイギリスでは螺旋状の滑り台をいうらしい。
ビートルスのハードロックに「Helter-Skelter」という曲があって、日本語訳では「しっちゃかめっちゃ
か」となっているとか。
歌詞には『天辺についたら振り向いて滑り降り、一番下でまた君に出会う・・・』といったフレーズが繰
り返され helter-skelterは螺旋状の滑り台の意味で使われている。そして、英語圏で「螺旋状の滑り
台」というと、無秩序とか常識の崩壊を示唆しているらしいのである。
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ついでに、WIKIPEDIAから、興味深い「Helter-Skelter」に関する記事を引用しよう。
ャールズ・マンソンに多大な影響を与えた曲としても知られる。マンソンは白人と黒人の最終戦争を「ヘ
ルタースケルター」と呼び、砂漠にファミリーで隠れ住むよう信者に説いていた。】
(3)へつづく