岡崎京子(1)

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作家の才能にもさまざまな特徴があるものです。

作家が若い女性である場合、まだ表現技術には未熟さがあっても、彼女のまわりで未熟な生き方を
している同世代の女の子たちの内部に吹く風や、嵐や、雨や陽光を、自分の内部を取り出すと同じように
センシティブに描出する才能にすぐれていれば、時代の子だったと評価されます。

(1989年の作品『PINK』はそのころの代表作でしょう。しかし、まだまだ絵は若い26歳の作品だった。絵はそれから『チワワちゃん』などを経ながら、ぐんぐん成長していき『ヘルタースケルター』の領域へと到達しました)

バブルの時代、そしてバブルが終わった時期、その時代に都会で生まれ育った欲望のままに生きるしか
ほかの生き方を知らない、かわいくて、むこうみずで、折れやすい花のような女の子たちの生態を描いて、ずば抜けた才能を見せた「時代の子」のマンガ作家、それが岡崎京子さんだった、とわくわく亭は思う。

なぜ「だった」と過去の作家として紹介したか。

彼女はかわいそうなことに、希有の才能が頂点に登りつつあった33歳の時、飲酒運転の車にはねられて
作家生活が断たれてしまったからです。

いたましい。なんといういたましさ!

足が折れたくらいで、下半身が麻痺したくらいなら、まだ救われたろうに。
彼女は脳挫傷のために、あれから12年たったいまも下北沢の実家で車椅子にのってリハビリにつとめる
日々を送っていると聞く。
ようやく、「ありがとう」「おはよう」といった短い言葉が話せるまで回復したとも聞く。

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しかし、かなしいかな。

ヘルタースケルター』(1995/7~1996/4)という怪物的な傑作を描いた、あの「時代の子」岡崎京子はもどってこない。

わくわく亭が、これほどまでに痛惜する岡崎京子のずばぬけた才能がひとつのピーク(中断されたために、その後のさらに高いピークは見られない)を見せた『ヘルタースケルター』は発表から8年もたった2004年に第8回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した。

マンガ大賞の選者たちにしてみれば、彼女の事故がなければ、まだまだ高いピークの傑作を発表しつづけるものと信じて疑わないでいたから、「もっとすごいものを」と期待していたために『ヘルタースケルター』への授賞が遅れたという事情もあったのであろう。

受賞の遅れを選者のひとりである関川夏央氏の熱誠のコメントがある。

「バブルとバブル後という不安な時代を、芸能アイドルの勃興と凋落のドラマで不安にえがききった。主人公が、人工的に勃興・凋落し、しかるに意志的・破壊的に再生するというこの物語は、悲劇と史劇の美しい骨格を備えている。現代文学に大きな影響をおよぼした岡崎京子という天才を顕彰しないなら、手塚治虫文化賞の意味はどこにあるだろうと、私は考えた」

自身手塚治虫文化賞の受賞作『「坊ちゃん」の時代』がある関川夏央さんの、
岡崎京子さんへの同情と無念の思いが滲み出た選評ではないですか。


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わくわく亭が読んだ「ヘルタースケルター」は祥伝社版で、初版の発行は2003年4月で、そのあと
大賞受賞となり、「祝」の帯を巻いて増刷された2006年11月の第16刷の1冊でした。

大賞受賞後、彼女の作品の出版が矢継ぎ早になされて、決して過去の作品とせず、リアルタイムな
現在世界を写す作品として再評価されていることがわかります。

2004年に出版されたものとしては、

危険な二人(角川書店)

愛の生活(角川書店)


チワワちゃん(角川書店)

カトゥーンズ(角川書店)

UNTITLED(角川書店)

ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね(平凡社)


岡崎京子作品は、近年外国でも翻訳版が続々と出版されています。

Helter-Skelter(Carlsen Verlag GmbH)ドイツの出版社より刊行されたドイツ語訳版(2005年)

Pink(Casterman)フランスの出版社より刊行されたフランス語訳版(2007年)

Helter-Skelter(Casterman)フランスの出版社より刊行されたフランス語訳版(2007年)

River's Edge(Casterman)フランスの出版社より刊行されたフランス語訳版(2007年)

              (2)へつづく