本因坊
到来物のお酒「本因坊」です。昨日届いたものです。
原酒ですから冷酒で飲むように、とあります。アルコール度数は18~19度くらい。
田島美鈴さんです。「サンカンペンの壺」へのお返しです。
手紙にこうあります。
先日、因島を回っていましたら、島嶼部で唯一自家醸造されている備南酒造さんで、 今年の一番搾りのお酒が手に入りました。 名前が「本因坊」です。秋の公演を計画しています私どもにとりまして、良い宣伝をさせていただこうと、贈らせていただきます。
あらためて酒のラベルをたしかめると、碁盤を前にした本因坊秀策の肖像が描かれています。
銘柄とした書体は秀策の手であることが記されています。
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秀策については囲碁ファンであれば大抵の人がその名前は知っているはずです。
NHKに『その時世界は動いた』という番組がありますが、2006年7月に放送した「碁聖・
本因坊秀策の無敗伝説」によっても秀策の名前は知られたことでしょう。
ところで、驚いたことに少年や少女までが秀策を知っているらしいのです。
それは人気マンガ『ヒカルの碁』の影響です。
主人公のヒカルには平安の棋士藤原佐為の霊がとりついているのですが、その霊はヒカルの前には、
江戸時代末期に本因坊秀策にとりついていたという設定があります。
マンガファンの子供たちは、そのため「史上最強の棋士」として秀策の名前を知っていたのです。
「こりゃあ、天才少年じゃのう」というわけ。
11歳で5人扶持を賜って、城主のお抱えとなる。
のちに、江戸に出ますが、20歳で本因坊として12代将軍家慶から認許されます。
江戸時代には囲碁の家元が4家あって、毎年一回将軍や老中の前で対局して覇を競うという「御城碁」
というものがあり、21歳で秀策は出仕しました。
いう前人未踏の大記録を樹立します。それが上記NHKの「無敗伝説」なのです。
た。秀策はそのコレラに感染して34歳で早世してしまいます。
いりしています。
となり町の偉人が世間で騒がれれば騒がれるほど、こちらの町ではその人物にたいして、やや冷たくなる
のが浮世の常識。
が尾道でも高くなっているようです。もはや、「となり」の人ではなくて、「うち」の人なのですもの。
抹の淋しさを感じるかもしれないですね。
それって、やはり浮世の常識じゃん。
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というようなワケで、わくわく亭は夫婦で原酒「本因坊」を賞味する幸運にめぐまれたのです。
さて、お味のほうは「史上最強」といえるかどうか。
これから、封を切って、栓を抜くところです。