『百日紅』(4)

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 北斎の三女、お栄ちゃんが「葛飾応為」(おうい)の署名をいれて描いた絵の数は多くないのです。

 その画名だって、由来を聞くと、ふざけたような戯名のごとし、です。

 北斎がお栄と呼ばず、いつも「アゴ」と呼ぶか、「オーイ」と(まるで、オーイお茶、のTVコマーシャルだ)呼んでばかりいたので、「応為」とつけたということです。
 (出所は飯島虚心の『葛飾北斎伝』)

 現代のマンガ工房でも、たくさんのアシスタントをつかって分業で作品を描いていますが、いわば江戸の北斎工房で、彼女の仕事の多くが父北斎作品のアシスタントだったのです。

 それが、応為の名前で描いたものがすくない理由ですが、「応為」の名前で残されているものの数少ない一枚が、有名な傑作「吉原格子先の図」です。

 この絵をモチーフにして、筑摩書房杉浦日向子全集『百日紅』の表紙および表紙カバーのイラストが
描かれています。

 文庫本や実業之日本社版で読んでいる人にも見て貰えるように、「応為」の絵を、筑摩版表紙カバーを並べてみましょう。




 お栄が晩年になってからの作品で、吉原の「いづみや」格子先の賑わいを描いたものです。

 一目見て、この絵の特徴が光の表現にあると気が付きます。

 格子のうちの遊女たちが客待ちをしている空間の、まばゆいばかりの明るい光景と、格子外の遊客たちのひやかし歩いている陰影とが、みごとな明暗の対照となっています。

 光と影、明と暗、近代の西洋画の手法を取り入れたかのような斬新な画法です。

 画中に3つの提灯が描かれています。この写真ではよく見えませんが、それぞれに「應」「為」「栄」
の文字が書き入れてあります。
 署名はなくて、いわゆる「隠し落款」があるということです。

 杉浦日向子さんの表紙絵も吉原の賑わいを面白く画いています。さまざまな風体の客達、遊女、芸者、かむろたちを、格子の内と外の、光の明暗のなかで、すべての人物を、まことに楽しげに、笑いさざめくように描いています。

 けっして、杉浦さんの吉原夜景も、応為の「吉原格子先の図」に見劣りはいたしません。


              『百日紅』(5)へつづく