『木のごときもの歩く』

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この「書庫」のタイトルが二転三転しております。

 最初「お宝本」とつけてみましたが、自分のコレクションを自慢する“いやらしさ”があるようで、謙虚をモットーにすべしと、これを撤回しました。
 だいいちお宝と呼べるほどの稀覯本が、わくわく亭にあるわけもなく、ただ“シャレ”でつけたわけですが、世間で本気にうけとられて、笑いものになるのも困ると感じました。

 それでも大切にしている本はあるわけで、永井荷風の関係では、すこしくらい自慢しても許されるかな、というものがいくつかはあります。そこで書庫のタイトルを「いとしの荷風本」につけかえました。

 しかし、荷風本に限定すると、すぐにタネ切れになる。作家の範囲をひろげて、すこしは「書庫」らしい体裁にしなければ、とまたもや作戦を変更。

 正直に話せば、このコーナーで取りあげたい本を、古書店のサイトでつけている値段、相場をチェックしてみたのです。

 ああ、なんたることか。わくわく亭の「お宝本」の安いこと!?

 これでは、「お宝」どころか、たんなる「クズ本」であります。

 いかになんでも、「クズ本」紹介ではなさけない。わくわく亭にだって、自尊心というものがございます。

 そこで、「いとしの珍本、奇本」というタイトルにしたわけ。この名前であれば、いかなる「クズ本」も、堂々と舞台にあげられます。
 ただし、そんな舞台裏の事情がありますので、またいつ何時タイトルが変更するやもしれません。


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 坂口安吾高木彬光(たかぎあきみつ)共著『木のごときもの歩く』(東京創元社
        昭和33年7月25日 三版発行(無念ながら、初版ではありません)
        定価 260円

 この本は僕が古書店の「ぞっき本」コーナーで、100円で買ったもので、買ったときから、カバーが無かった。(まだ学生の頃であり、100円でも気易く本が買えないビンボー暮らしをしていた時代)

 カバーがあれば、藤城清治さんの切り絵が楽しめたはずで、残念です。題字は藤城さんの切り絵文字です。タテとヨコにタイトルを交差させて、「き」の文字を強調して、ミステリアスな雰囲気をかもしだしています。

 さて、坂口安吾といえば、『堕落論』であり、『桜の森の満開の下』であり、『信長』などの歴史小説松本清張の先達としての日本史、古代史発掘シリーズなどなど多岐にわたって文筆活動をした、戦後文学の旗手と称された作家だった。

 太宰治石川淳織田作之助などとならべて「無頼派」ともよばれて、わくわく亭にとっては憧れを超えて「神」の如く輝いていた作家の一人でした。

 だから、どんな作品であれ、とびついて、むさぼるようにして読んだのです。

 その坂口安吾はミステリーでも、たぐいまれな才能を発揮しました。

 『不連続殺人事件』はいまでも「安吾作」だからというブランド意識がなくても、僕の評価では日本のミステリー史上ベスト10に入る傑作だと思うし、江戸川乱歩は「日本探偵小説史上の画期的名作として残ったこと」と絶賛しています。そして、日本探偵作家クラブ賞を受賞しています。

 『不連続殺人事件』はどこかの文庫本でいまでも容易に読めるはずです。くりかえしますが、第一級のミステリー作品です。

 安吾はつづいて『復員殺人事件』を執筆して、文藝春秋新社の雑誌に連載していましたが、雑誌の休刊という不運とともに、中絶してしまいました。

 安吾の死後、江戸川乱歩らの発案から、未完の『復員殺人事件』を誰かに書き継いでもらって完成させよう、ということになり、当時の人気作家高木彬光さんに白羽の矢が当たったのです。

 タイトルは『木のごときもの歩く』に変更されました。編集者と高木氏は、安吾の未亡人三千代さんと面談して、安吾がどのように物語を展開するつもりだったか、犯人は誰で単独犯だったかどうか、作中に
現れる「木のごときもの」の正体は何だったのか、などを聞いたのです。
 三千代さんも、はっきりとは聞いていなかったようですが、とにかく苦労して高木氏は完成したのでした。

 そうしたいきさつがあって、世にもまれな、坂口安吾高木彬光の二人合作本が出版となりました。

 そうです。安吾さんが死んでいなかったら、どんな物語を完成しただろうか。それを知りたい、と思って(高木さんには失礼ながら、安吾さんのことばかり頭にあって)、むさぼり読んだのでした。

 わくわく亭が、なぜこの「ぞっき本」を、いまだに大事にしているか、分かっていただけたでしょうか。

 物語は巨勢博士と名乗るにわか探偵と、その師である小説家八代先生とによる、小田原の富豪倉田家における連続殺人事件の推理と解明という本格推理探偵小説(このあたりの呼び方は古めかしいですが)であります。
 坂口安吾さんが(享年50)もっともっと長生きしていたなら、横溝正史松本清張の間を埋めるような推理作家がいま一人存在したであろうにと、惜しまれてならないのです。