『還暦以後』

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 タイトルに惹かれて、この文庫本を買う気になる若者はすくないだろう。

 還暦が近いとか、還暦を過ぎたとかいう年齢の人が手にとって見たくなるタイトルである。

 筆者の松浦玲さんは1931年の生まれだから、いま76歳。「還暦以後」を語っても、どこからも
文句の出ない年齢の歴史家であります。

 幕末、明治の人物、とくに勝海舟徳川慶喜横井小楠坂本龍馬についての著述が多い。

 日本の歴史上の人物24名と、朝鮮李朝の1名、中国清朝の2名、あわせて27名をとりあげて、
かれらが還暦に達したときに、どんな活動をしていたかを、1人につき約10ページを費やして書かれた、簡潔で味わい深い人物論である。

 何人か名前をあげてみると、こんな顔ぶれである。

 勝海舟徳川慶喜徳富蘇峰原敬、九代目団十郎鳥居耀蔵西太后杉田玄白、斉藤弥九郎

 さすがに、著者が専門としている勝海舟徳川慶喜については読み応え十分であるし、歴史の裏面
の逸話がまことに面白い。
 評判の高さに納得させられる好著です。


 「老年の輝き」という序章があるのだが、歴史上の真の勝者は誰だったか、という設問と解答が
冒頭に述べてある。「還暦」後も長く生きて、歴史の変遷を目撃したものこそ、真の勝者だった、と。

 その数行を引用してみよう。

     
   《明治維新で敗れた側の勝海舟徳川慶喜、ともに77歳まで生きた。
    (中略)
    敗者の側でこれだけの長寿というのが、なんとも刺激的で意味深い。海舟と慶喜は、
    勝った側よりも長く生きた。
    勝者を代表する維新3傑―西郷隆盛大久保利通木戸孝允は、古稀どころか還暦にも
    達しなかった。数えどし61の還暦に達しなかっただけではない。
    実は人生50年さえ危うかったのである。
    (中略)
    敗れた側だった海舟が、勝った3傑より20年余もあとまで生きて19世紀末の世界と
    日本を見た。日清戦争後のアジアを憂慮し、20世紀に向けての献策を繰返した。
    これが享年77,還暦以後を16年も生きたことの凄さである》

 こう書かれると、現代日本では、還暦以後まで生きるのは常識であるから、ほとんどの日本人が、
勝海舟のように、次に来たるべき新世界を見ることになり、その「凄さ」を実感できるであろう。

 しかし、その新世界は、地球環境破壊による荒廃した世界でなければいいのだが。