『湾』の石山淳さん


石山さんはこれまでに、すでに8冊の出版された詩集をもつ、円熟期の詩人です。
そのうちの1冊が写真の『石山淳詩集』で、2007年1月、日本図書刊行会の「トレビ文庫」から発行されたもの。
『湾』には2篇の詩が発表されていますが、「野生の呻き」を紹介しよう。
詩人はつい先年、母親を亡くしている。母親の年齢は90をいくつか越した高齢で、長く介護の苦労があったと聞いている。
どんな手厚い介護をしていたとしても、息子は耳の底に残る母親の苦痛の声を、母の死後も夜明けには聞いている。
母の苦痛を救えなかったという罪の意識がある。自分に偽善はなかっただろうかと、その声に脅えるという。
せつない人間の生の営みである。
わくわく亭も、2年前に91歳の母を亡くしたところであり、詩人の気持ちは他人事ではないのです。
〈野生の呻き〉
地の底から這い上がってくる
獣の呻き声が
夜明け前の
ある時刻になると聞こえてくる
それは均衡を保てなくなった
精神の表象であろうか
闇に包まれた
密室の中では
ミドリ色の蛍が
幽かに光っている
半覚醒の意識の内で
野生に目覚めた獣の呻きが
又しても這い上がってくる
その声は
嗚咽と混ざり合って
母の 死の 直前の
悲痛な呻きに変わっていく
人間から 獣へ
言葉が発せなくなった母は
野生に乗り移ったのであろうか
母の苦痛に対応できなかった
罪の意識からか
わたしの善の仮面は剥がれ
獣の呻きに
今日も揺らぎ脅えるのである
(2007.7.26)