ガガーリン・クロカワ
73歳で急逝した建築家の黒川紀章さんは、まだ丹下健三研究室で学んでいた若い頃、先輩たちから、《ガガーリン・クロカワ》と呼ばれていたそうだ。
ガガーリンとは、人類最初の宇宙飛行士で、「地球は青かった」という名言を残したソ連人である。
そのガガーリンと綽名されたのは、当時から黒川さんは、宇宙のように、あまりに気宇壮大なことばかり考えていたからだという。
東京都知事に立候補するらしいと聞いたジャーナリストが、黒川さんにインタビューした記事を、ある雑誌で読んだ。
「石原知事も、オリンピックと関連させた東京の《グランド・デザイン》を提言しています。黒川さんがあえて立候補されるということは、それでは不十分だということですか?」
黒川さんは、不快感を隠そうともせず、こう答えたそうだ。
「あなたは本当にそう思うのですか?いいですか、そんな小さなものを《グランド・デザイン》とはいいません。石原慎太郎の考えは小さすぎます」
石原都知事の《東京オリンピック構想》は総事業費が1兆8000億円といわれる大事業である。
それって、「小さすぎる」か?
いまから20年前の1987年、ガガーリン・クロカワは《東京2025・Eco City(エコシティ)》計画を発表して話題を呼んだ。
その近未来東京の大改造《グランド・デザイン》は、凡人たちが卒倒するくらい壮大なものだった。もしも黒川さんが都知事選に勝利していたら、そして、2025年を目標に改造計画を実行出来ていたら、とんどもない未来都市が誕生していたかもしれない。
その《グランド・デザイン》の内容とは、いかなるものだったか。
◇ ◇ ◇
○ 東京湾は埋め立てる。そこに3万ヘクタールほど(東京23区の1/2くらい)のドーナツ型
人工島をつくる。中心の人口湖のまわりに500万人分の住宅地を造成して首都機能を移転する。
現在の首都は、環境に配慮した高層都市に改造してしまう。
○ 総事業費は240兆円。これに比べれば、石原知事の1・8兆円事業構想など「小さすぎる」
わけである。
○ 東京湾埋め立てのための土砂は、房総半島から採取する。それにより、千葉県に2万ヘクタール
の住宅用地ができる。
○ 東京湾から房総半島を横断して太平洋に出る幅500メートルの運河を建設する。
○ 皇居は京都へ移転し、東京、京都、大阪間にはリニアモーターカーを走らせる。日本に着任する
海外の外交官は、リニアモーターカーで京都へ向かい、京都駅からは古式豊かに牛車で新宮殿
へ参内してもらう。
これを読んだ多くの「有識者」は驚いて、「荒唐無稽」と批判したことだろう。
人工島をつくるだけでも、埋め立てに要する土砂の量は、試算すると富士山の2/3の土砂になる。
とても、実現は不可能ではないか、と朝日新聞は批判し、「場外ファールではないか」と書いたそうである。
すると黒川さんは、「とんでもありません。確実なヒットです。いままでの日本人の発想が小さすぎた
んです」と平然と答えたそうである。
黒川さん亡き後、こんな壮大な都市改造論を提言する東京都知事候補は、二度と現れることはないだろう。
黒川構想は、大きな環境破壊をもたらす恐れがあることは、素人でもわかる。
まさか、都知事になっていたとしても、おなじ《グランド・デザイン》を持ち出しはしなかっただろう。
共産主義中国が大運河建設や農地拡大、巨大ダム建設などの自然破壊を人民の勝利と宣伝した時代があったが、いまも中国は国土の砂漠化などの環境破壊のツケに苦しんでいる。
しかし、そのことを、いま論じようとは思っていない。
一人の世界的な建築デザイナイーが他界した。
若い頃、彼はガガーリン・クロカワとまわりから呼ばれていた。
あまりに壮大で、破天荒な構想を語るからだった。
だけど、ガガーリン・クロカワ流の傑物が日本人に少ないのは、まことに淋しいことではありませんか。
▽ ▽ ▽
絵は『安野光雅の画集』(講談社 昭和53年発行)から。
安野さんの画集に、建物の絵があったので拝借しましたが、建築家の黒川さんの話だから、なにか建築の絵があれば、という思いつきだけで、(それが一吹きすれば、崩れてしまうマッチ棒の建築だからといって)格別、他意はありません。
ガガーリンとは、人類最初の宇宙飛行士で、「地球は青かった」という名言を残したソ連人である。
そのガガーリンと綽名されたのは、当時から黒川さんは、宇宙のように、あまりに気宇壮大なことばかり考えていたからだという。
東京都知事に立候補するらしいと聞いたジャーナリストが、黒川さんにインタビューした記事を、ある雑誌で読んだ。
「石原知事も、オリンピックと関連させた東京の《グランド・デザイン》を提言しています。黒川さんがあえて立候補されるということは、それでは不十分だということですか?」
黒川さんは、不快感を隠そうともせず、こう答えたそうだ。
「あなたは本当にそう思うのですか?いいですか、そんな小さなものを《グランド・デザイン》とはいいません。石原慎太郎の考えは小さすぎます」
石原都知事の《東京オリンピック構想》は総事業費が1兆8000億円といわれる大事業である。
それって、「小さすぎる」か?
いまから20年前の1987年、ガガーリン・クロカワは《東京2025・Eco City(エコシティ)》計画を発表して話題を呼んだ。
その近未来東京の大改造《グランド・デザイン》は、凡人たちが卒倒するくらい壮大なものだった。もしも黒川さんが都知事選に勝利していたら、そして、2025年を目標に改造計画を実行出来ていたら、とんどもない未来都市が誕生していたかもしれない。
その《グランド・デザイン》の内容とは、いかなるものだったか。
◇ ◇ ◇
○ 東京湾は埋め立てる。そこに3万ヘクタールほど(東京23区の1/2くらい)のドーナツ型
人工島をつくる。中心の人口湖のまわりに500万人分の住宅地を造成して首都機能を移転する。
現在の首都は、環境に配慮した高層都市に改造してしまう。
○ 総事業費は240兆円。これに比べれば、石原知事の1・8兆円事業構想など「小さすぎる」
わけである。
○ 東京湾埋め立てのための土砂は、房総半島から採取する。それにより、千葉県に2万ヘクタール
の住宅用地ができる。
○ 東京湾から房総半島を横断して太平洋に出る幅500メートルの運河を建設する。
○ 皇居は京都へ移転し、東京、京都、大阪間にはリニアモーターカーを走らせる。日本に着任する
海外の外交官は、リニアモーターカーで京都へ向かい、京都駅からは古式豊かに牛車で新宮殿
へ参内してもらう。
これを読んだ多くの「有識者」は驚いて、「荒唐無稽」と批判したことだろう。
人工島をつくるだけでも、埋め立てに要する土砂の量は、試算すると富士山の2/3の土砂になる。
とても、実現は不可能ではないか、と朝日新聞は批判し、「場外ファールではないか」と書いたそうである。
すると黒川さんは、「とんでもありません。確実なヒットです。いままでの日本人の発想が小さすぎた
んです」と平然と答えたそうである。
黒川さん亡き後、こんな壮大な都市改造論を提言する東京都知事候補は、二度と現れることはないだろう。
黒川構想は、大きな環境破壊をもたらす恐れがあることは、素人でもわかる。
まさか、都知事になっていたとしても、おなじ《グランド・デザイン》を持ち出しはしなかっただろう。
共産主義中国が大運河建設や農地拡大、巨大ダム建設などの自然破壊を人民の勝利と宣伝した時代があったが、いまも中国は国土の砂漠化などの環境破壊のツケに苦しんでいる。
しかし、そのことを、いま論じようとは思っていない。
一人の世界的な建築デザイナイーが他界した。
若い頃、彼はガガーリン・クロカワとまわりから呼ばれていた。
あまりに壮大で、破天荒な構想を語るからだった。
だけど、ガガーリン・クロカワ流の傑物が日本人に少ないのは、まことに淋しいことではありませんか。
▽ ▽ ▽
絵は『安野光雅の画集』(講談社 昭和53年発行)から。
安野さんの画集に、建物の絵があったので拝借しましたが、建築家の黒川さんの話だから、なにか建築の絵があれば、という思いつきだけで、(それが一吹きすれば、崩れてしまうマッチ棒の建築だからといって)格別、他意はありません。