滅びや遊べ花吹雪

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「死を想え」のサブタイトルをつけた詩人中野朱玖子さんの詩集『詩苑物語』を紹介したが、わくわく亭は詩よりもむしろ、彼女の短歌と俳句が好きだ。

 彼女のようにすぐれた歌人(ここでは詩人と呼ばないで、歌人と呼ばせていただこう)と、わくわく亭のように散文しか書かないものとの接触点は、同人誌の『酩酊船』です。
 
 もう還暦はとうに過ぎたとおもわれる歌人だが、その短歌の特徴は2つある。

 一つは、死をつねに見つめて、たじろぐことのない覚悟を詠む短歌。

 二つには、老いても、さらに女の命の華やぎを詠おうとする強靱でゆたかな美意識。


 短歌集『乱 鈔掠』から僕が好きな歌を選んでみる。


 一つ目の特徴があざやかな歌を3首並べてみよう。歌人阪神間に住んでいるが、さきの戦争、戦禍、そして阪神大震災で、たくさんの死を見る体験をしている。さらに病気や加齢から、自分の死をみつめて
きた。


        ふたたびのいのち祈らずここまでの 生見据えつつ清寧に座す


        逆光の鏡の奥に鬼女ひとり 見つめる眼(まなこ)は自虐とはせず


        老いを讃う易きにつかずわが老いの 形の行方に覚悟あるべし



 命はいちどきりで、またの命をねがうことなく「清寧に座す」姿の、なんと凛然としていることか。

 老いた自分の姿を鏡の中に見据えて「鬼女」と形容する、そのすさまじさ。

 うつくしい老人、かわいいおバアちゃま、などどいう甘い言葉がくれる幻像にとらわれないで、醜く老いさらばえる姿を受け容れるという、その覚悟。

 背筋をピンとのばして凜として座し、生老病死の四苦を見据えて逃げまいとする、なんというみごとな
姿勢だろうか。

 僕にはとても、逆立ちしようが、どうしようが、こんな強靱な精神の歌はつくれない。

 
 二つ目の特徴をもつ歌を2首。これは、美しい詩情がしたたる秀歌です。



        真白なる糸のながれに彩染めて 虫の形見は華やぎにけり


        火と土の烈しきいのち転生の 陶花に秘める夜の息づき



 絹の着物のうつくしさを、かいこの「形見」の華やぎと詠う感性は、女性ならでは美意識でしょう。

 夜の茶室でながめている茶器に息づくものを捉えるみごとな表現。

 しずけさの中に漂っている色香に、わくわく亭はうっとりしてしまうよ。

 
 色香というと、句集『滅びや遊べ』には、滅びゆく命の華やぎと色香があふれている。

 好きな3句を掲げよう。


         春灯や影先に落つ牡丹雪

         
         川に散る落葉の末の音たてず

         
         花びらの滅びや遊べ花吹雪