【貸本版】河童の三平
水木しげるさんのマンガ『河童の三平』は1961(または1962)年に貸本として、全8巻で出版されたものである。
水木作品の『河童の三平』『悪魔くん』そして、のちに『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズとなった『鬼太郎夜話』といった代表作は、すべて貸本としてスタートしたものである。
貸本マンガは1950年代なかばに始まり1970ころには消えるという短命な戦後文化のひとつだった。映画が娯楽の王様になったとたんに終わったといえる。
そのころになると、子供達は貸本を借りてくるまでもなく、月刊のマンガ雑誌がお小遣いで買えるようになったのである。
貸本ブームが去って、月刊のマンガ雑誌が少年少女向け中心メディアとなると、連載マンガの内容は学校やPTAのお眼鏡にかなう「子供らしい」ものに変化していった。
まして、テレビアニメになると、さらに「教育的」なチェックをうけたから、初期の貸本時代の作品
とは、内容的には別のものになった、といってもいいだろう。
貸本時代の作品の特徴として、予想している読者層の年齢にまず違いがある。貸本マンガのファンは
中学を卒業して就職した10代後半から20代はじめの青年たちが主たる読者層だった。つまり、働く若者達だった。その後の水木マンガが小、中学生を主たる読者層としたのと、大きく事情が異なる。
当然のこと、内容は明るく、登場人物はかわいらしくならざるを得ない。
対して、貸本時代のものは、話も暗ければ、絵も暗い。ハッピーエンドにはならなくて、破滅や死
をもって終わったりする。
高校大学で教育をうけて大企業に就職できる若者は10%にも満たない時代だった。小さな機械工場で働きながら、銭湯帰りに貸本を借りてくるのが一日の楽しみだった若者達には、暗いテーマや絵は、
気分としてぴったりくるものだった。
その【貸本版】『河童の三平』が復刊されたのである。上下2巻にまとめられた。
わくわく亭は2006年8月に復刊されたという記事を新聞で読んだ。
読書案内のページにマンガ家の南伸坊さんが、「戦後日本のマンガとしては最高傑作だとおもっていたから、それが貸本時代そのままに復刻されたものが読めて、感動しました」といった感想を寄せていた。
その日のうちに、僕は八重洲ブックセンターへ行って、一冊だけ置いてあるものを手に入れた。
「三平」少年は両親と別れて、山奥で祖父と暮らしている。父は帰ってくるが、すぐに死んでしまい、
祖父も死んでしまう。友達はタヌキと河童と死神だけだ。さいごには三平も死んでしまい、三平の身代わりとなって、彼に生き写しの河童が学校へ通いはじめるところで物語は終わる。
「死」がテーマの少年マンガなのだ。水木しげるさんの戦争体験、復員後の戦後生活の中から「死」を身近にした人生観が色濃く浮き出ている。
しかし、物語を読み終わっても、暗い哀しみはない。そこにはむしろ、生死が大きな天地の中に同時にあるという、一種のユートピアでの「再生」が語られているかのようだ。
その「再生」の物語が、その後の水木しげる「妖怪ワールド」で描きつづけられたということだろう。
やはり、水木しげるさんのマンガは貸本版にこそ、その本質がある。
だから南伸坊さんがいうことは正しい。「戦後日本マンガの最高傑作」だと、わくわく亭も同意であります。
水木作品の『河童の三平』『悪魔くん』そして、のちに『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズとなった『鬼太郎夜話』といった代表作は、すべて貸本としてスタートしたものである。
貸本マンガは1950年代なかばに始まり1970ころには消えるという短命な戦後文化のひとつだった。映画が娯楽の王様になったとたんに終わったといえる。
そのころになると、子供達は貸本を借りてくるまでもなく、月刊のマンガ雑誌がお小遣いで買えるようになったのである。
貸本ブームが去って、月刊のマンガ雑誌が少年少女向け中心メディアとなると、連載マンガの内容は学校やPTAのお眼鏡にかなう「子供らしい」ものに変化していった。
まして、テレビアニメになると、さらに「教育的」なチェックをうけたから、初期の貸本時代の作品
とは、内容的には別のものになった、といってもいいだろう。
貸本時代の作品の特徴として、予想している読者層の年齢にまず違いがある。貸本マンガのファンは
中学を卒業して就職した10代後半から20代はじめの青年たちが主たる読者層だった。つまり、働く若者達だった。その後の水木マンガが小、中学生を主たる読者層としたのと、大きく事情が異なる。
当然のこと、内容は明るく、登場人物はかわいらしくならざるを得ない。
対して、貸本時代のものは、話も暗ければ、絵も暗い。ハッピーエンドにはならなくて、破滅や死
をもって終わったりする。
高校大学で教育をうけて大企業に就職できる若者は10%にも満たない時代だった。小さな機械工場で働きながら、銭湯帰りに貸本を借りてくるのが一日の楽しみだった若者達には、暗いテーマや絵は、
気分としてぴったりくるものだった。
その【貸本版】『河童の三平』が復刊されたのである。上下2巻にまとめられた。
わくわく亭は2006年8月に復刊されたという記事を新聞で読んだ。
読書案内のページにマンガ家の南伸坊さんが、「戦後日本のマンガとしては最高傑作だとおもっていたから、それが貸本時代そのままに復刻されたものが読めて、感動しました」といった感想を寄せていた。
その日のうちに、僕は八重洲ブックセンターへ行って、一冊だけ置いてあるものを手に入れた。
「三平」少年は両親と別れて、山奥で祖父と暮らしている。父は帰ってくるが、すぐに死んでしまい、
祖父も死んでしまう。友達はタヌキと河童と死神だけだ。さいごには三平も死んでしまい、三平の身代わりとなって、彼に生き写しの河童が学校へ通いはじめるところで物語は終わる。
「死」がテーマの少年マンガなのだ。水木しげるさんの戦争体験、復員後の戦後生活の中から「死」を身近にした人生観が色濃く浮き出ている。
しかし、物語を読み終わっても、暗い哀しみはない。そこにはむしろ、生死が大きな天地の中に同時にあるという、一種のユートピアでの「再生」が語られているかのようだ。
その「再生」の物語が、その後の水木しげる「妖怪ワールド」で描きつづけられたということだろう。
やはり、水木しげるさんのマンガは貸本版にこそ、その本質がある。
だから南伸坊さんがいうことは正しい。「戦後日本マンガの最高傑作」だと、わくわく亭も同意であります。