かはづ(蛙)

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 山手馬鹿人の筆名で大田南畝が書いた小咄本、『春笑一刻』から、こんどは廓(くるわ)風景の一篇を紹介しましょう。
 これは、小粋なムードのある笑いなので、僕わくわく亭が好きなものの一つです。

 タイトルの《かはづ》は旧かな遣いで、かわず(蛙)のこと。
 
 話の意味が分かりやすいように、2つのことを先に説明しておきましょう。

 1つは、小野道風(おのの とうふう)さんと蛙の伝説。花札の“雨に蛙”の絵柄でも有名です。

 小野道風といえば平安時代の人で、当時の三蹟の一人といわれた名高い書家(書道家)です。ある雨の降る日のこと、まだ自分の書家としての才能に自信が持てず悩んでいた道風が、柳の垂れ下がった枝に
跳びつこうとしている蛙を見かけました。
 なんど失敗してもあきらめず、ついに柳の枝に飛びついた蛙を見て、努力の大切さを悟ったという故事があります。
 遊里の女たちでも知っているほど、有名な話だったのです。
 (小野道風さんと蛙の記念切手の画像を参考に)

 2つには、市川団十郎が演じて、江戸っ子の大ヒーローだった歌舞伎の“助六”のこと。
 助六の衣装につく紋所は、市川家の替紋(かえもん)である杏葉牡丹(ぎょようぼたん)だということ。
 写真は助六の衣装と杏葉牡丹の紋です。       


       《かはづ》

 格子(こうし)に女郎2,3人寄り合いて、
 「今日は助さんがみえぬ」と言えば、
 「ナアニ あの人は道風(とうふう)さんさ」
 「これはしたり、紋は杏葉牡丹(ぎょようぼたん)。どう見ても、助六さ」
 「それはきつい見立てちがい。道風さんさ」
 「ナゼ 道風さんといいなんす」
 「ハテ かはづに見とれさんす」

 
 遊里にやってくる客の、みながみな廓にあがって遊女を買うとはかぎりません。
 遊郭の格子(まがき)の外から女たちを見るだけの客だってたくさんいました。
 
 そんな見るだけの、ひやかし客を「素見」(すけん)といったのです。
 それが、買わずに見るだけ、の客というわけで。
 
 買わず(蛙)に見とれているばかりのお客だから、“道風”さんと渾名されたというオチです。

 なんだか、風流で、いいですね。
 
 この味が、大田南畝なんだよね。