素浪人・月影兵庫

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 わくわく亭は、このところ新聞、本を読むときに、老眼鏡が必要です。

 今朝、朝刊を開こうとして、最終面のテレビ番組表が目にはいったとたん、
「おや,ずいぶん古い番組を再放送するもんだ」と思いました。
朝日テレビが「素浪人・月影兵庫」をシリーズで放送するらしい、なつかしい近衛十四郎の写真がついている、と。

 いや、まてよ。なにかおかしい。
 僕は老眼鏡をかけて、レンズの焦点をあわせて、それは松方弘樹主演で撮った新シリーズの「月影兵庫」の広告だとわかりました。第一回の放送が今夜ということでした。
 
 写真の松方弘樹が、それはそれは父親で、いまは故人となった近衛十四郎に、そっくりどころか生き写しなんです。月代(さかやき)をのばした頭、刀を左肩にかついで、シニカルな笑いをうかべた顔。その写真を近衛十四郎と見違えたものは、僕のほかにもいたことでしょう。
 
 いつだったか、たぶん黒柳徹子のインタビュー番組の中だったと思うんだけど、彼は俳優としての近衛十四郎にたいする尊敬心を熱く語っていた。
 
 黒柳さんが「東映にはたくさんの立派な時代劇の俳優さんがおいでになりましたが、どなたを一番尊敬なさってますか」といった質問をしたときに、
「父の近衛十四郎です」と、きっぱり松方さんは答えたのを憶えている。
 
 片岡千恵蔵市川右太衛門月形龍之介大河内伝次郎といった日本の代表的な時代劇大スターがみんな東映にあつまった時代があった。
 そこでは、近衛十四郎は脇役をつとめ、悪役が多かった。
 器用な役者ではなく、剣戟シーンに異様な迫力がある役者で、その殺陣の演技にそれなりのファンがいたが、東映で主演ができる俳優ではなかった。科白が、やぼったくて、華がなかった。

 たしかに長い刀を強靱な上半身と腕力で振り切るスピードには迫力があった。
 似たような役者では戸上城太郎がいた。部厚い胸をした腕力のありそうな身体で、本身の日本刀をつかったような迫真の殺陣をみせた。残念なことに、科白がへたで、ナマリが抜けなかった。
 映画監督の稲垣浩が「あれで、口跡がよかったら大河内伝次郎並の時代劇スターになれたのに」と惜しんだという逸話をどこかで聞いた。
 近衛十四郎もまた映画界では、そんな評価がなされていただろう。
 
 近衛十四郎は、のちにテレビに移って人気が出た。その代表作が「素浪人・月影兵庫」だったのだ。

 それでも息子の松方さんが、一番に尊敬している役者は、「近衛十四郎」だった。

 黒柳さんは、こうも訊いた。
「松方さんが、いま一番なさりたい役はなんですか」
「父がやった月影兵庫です。いまはまだ父のように演じるのは無理ですが、いつかきっとやってみたいのです」
「あら、あなただったら、いますぐにでもおできになるわよ」
「いえ、まだまだです」

 松方さんの親思いの真情には頭がさがるが、近衛十四郎の演技がそれほどのものだったとは思えない。
 
 しらべてみたら、近衛さんは64歳で亡くなっている。
 そして、松方さんは今年64歳になる。これは、なにか意味がありそうだ。

 父十四郎さんが死んだ歳になって、息子の弘樹さんは父の当たり役を演じてみる決心がついたらしい。その役が演じきれる「芸域」に達したというのだろうか。(ちょっと、皮肉に過ぎるかな)

 孝行息子松方弘樹が演じる「素浪人・月影兵庫」に期待するとしよう。



 写真は、番組の新聞広告から撮ったもの。顔がないのは俳優さんの肖像権を侵さない配慮をしたのです。