マンガ『この世界の片隅に』

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

こうの史代の『この世界の片隅に』はとてもいい作品だった。

この作者の『夕凪の街 桜の国』の書評を書いたのは2009年の9月12日だったから、

あれから7年になる。あのときすでに『この世界…』も出版されていたのだが、いままで

読むことはなかった。

いまアニメになって大変評判になっているのを知り、アマゾンで注文した。普段なら中古で

大抵のマンガは買えるのに、どのサイトでも中古は売りに出ていなかった。出版社でも

売り切れ状態で、第19刷が12月1日に出来るのを待って、アマゾンから送られてきた。

アニメ映画の評判で、マンガ本も大いに売れているらしい。


『夕凪の街 桜の国』は2005年の第9回手塚治虫文化大賞新生賞を受賞している。「夕凪の街」は

昭和30年の広島の日常生活を描いた。皆実という若い娘が、病身の母親と2人だけで、つましく暮らし

ているが、彼女の父は原子爆弾で死んでいる。姉妹も死んでいる。ふたりは「あの日」のことは触れない

で、平和に静かな日々を生きている。皆実の職場の同僚といつしかほのかな恋仲になっている。

彼はプロレスの力道山と広島カープのことばかり話題にしている。そんなある日、彼が橋のたもとで皆実

の肩を抱く。唇を合わせようとしたとたん、皆実が記憶の底の底に、なかったことのように押し隠してい

た、この橋と川で10年前のあの日に出遭ったシーンがよみがえる。川は原爆による無数の死体で埋め尽

くされていた。「ごめんなさい」と彼女は逃げるように走り去る。それからまもなく、彼女は原爆症を発

病し、死んでしまう。彼女はさいごの意識の中で、「ひどいなあ。てっきりわたしは、死なずにすんだ人

かと思ったのに。 ああ風……夕凪が終わったんかねえ」とつぶやきながら。


『この世界…』は2009年に第13回文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞している。昭和18年12月

から昭和21年1月までの広島県呉市を舞台に、18歳で北条家に嫁いだ、素朴な娘すずの生活を中心

に、戦時中の呉、広島の庶民生活と戦災記録を描いた物語である。


作者のこうの史代さんは1968年広島生まれ。戦争も、原子爆弾も知らない戦後世代である。

「戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました」とあとがきのある。だらだら続く生活が、どれほ

尊いものかが描かれていくことになる。

当時の軍港呉市の地図や、愛国かるた、防空用器材、空襲時の避難心得などの絵が随所に挿入されて

効果がある。


山からながめる呉港に出入りする軍艦や、無数の米軍機の襲来、呉から遠い広島に落ちた原爆の

雲を眺めるシーンなど、強く印象に残る。

戦時下でも、庶民には「だらだら続く」生きるための生活があることを描いて、それが何物にも

代えがたい尊く大切なものであることを、哀切に、痛切に訴える傑作である。