「いろをとこ」里見弴
河合千代子へ送った手紙の中の歌を紹介した。
それで思い出したのが作家里見弴の短編小説「いろをとこ」のこと。
軍人と芸者のどこかの温泉宿での三日二晩の遊びを書いたもので、文庫で11ページという短い
作品だが、申し分のない好短編。
昼間はなにを考えているんだか、まるで話もしない退屈な男、夜になると逞しい性欲で
芸者を圧倒する。偉い軍人とは聞いているが、女とサシになるとまるでつまらない大男。
それっきりの遊びだったのに、その旅から二ヶ月半たつと、ハワイ真珠湾攻撃で日本中が
その男の名前を口にする。そして翌々年の四月には華々しい戦死の報。日本中が泣いた。
彼女が男と交わした最後の会話は、
「それアさうだけど、……あんたは、知らん顔して逃げる気ね?」
「いろをとこ、金と力はなかりけり、だ」
と、平然と笑ひ飛ばすのを、いくぶん怨めしげに、
「あんたみたいな人ってはじめてだわ」
「あたりまへさ」
「ほんとにこれンばかりも可愛げなんてない、いやないろをとこ!」
「いろをとこ、金と力はなかりけり、だ」
と、平然と笑ひ飛ばすのを、いくぶん怨めしげに、
「あんたみたいな人ってはじめてだわ」
「あたりまへさ」
「ほんとにこれンばかりも可愛げなんてない、いやないろをとこ!」