「いろをとこ」里見弴

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「文藝春秋」2月特大号の特集「新選・百人一首」から連合艦隊司令長官山本五十六が愛人の

河合千代子へ送った手紙の中の歌を紹介した。

それで思い出したのが作家里見弴の短編小説「いろをとこ」のこと。

丸谷才一選『花柳小説名作選』(集英社文庫)に入っている作品で、これも山本五十六と分かる

軍人と芸者のどこかの温泉宿での三日二晩の遊びを書いたもので、文庫で11ページという短い

作品だが、申し分のない好短編。

昼間はなにを考えているんだか、まるで話もしない退屈な男、夜になると逞しい性欲で

芸者を圧倒する。偉い軍人とは聞いているが、女とサシになるとまるでつまらない大男。

それっきりの遊びだったのに、その旅から二ヶ月半たつと、ハワイ真珠湾攻撃で日本中が

その男の名前を口にする。そして翌々年の四月には華々しい戦死の報。日本中が泣いた。

彼女が男と交わした最後の会話は、

「それアさうだけど、……あんたは、知らん顔して逃げる気ね?」
「いろをとこ、金と力はなかりけり、だ」
 と、平然と笑ひ飛ばすのを、いくぶん怨めしげに、
「あんたみたいな人ってはじめてだわ」
「あたりまへさ」
「ほんとにこれンばかりも可愛げなんてない、いやないろをとこ!」