尾道の映画館とその盛衰(2)

昭和21年尾道駅前に第一劇場が誕生する。

旅館鶴水館があった土地およそ160坪に第一劇場が建てられた。


第一劇場は11月に開場すると、芸能の興行を打つ。

11月には、関西新派一座の公演、天光軒満月襲名披露の浪曲公演、京都少女歌劇公演がある。

12月には、松竹専属大歌舞伎公演、広沢虎吉ら9人による浪曲大会が興行された。


ところが翌年の6月には映画館に改装され、名前も「尾道松竹」に改称する。

映画会社の松竹が借り上げて直営館にしたということである。

尾道松竹に改称した記念上映の映画は「情炎」である。

「情炎」は監督澁谷実、主演が佐野周二水戸光子による昭和22公開の松竹映画。

離婚の危機にある夫婦の葛藤の物語で、妻の郷里が尾道になっており、尾道へ戻った妻を

迎えに夫がやってくる。尾道が舞台なので、映画館としての尾道松竹こけら落としには

うってつけの映画作品である。

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昭和30年頃の映画全盛期がすぎると、パチンコへ転業する映画館が多くなる。

昭和37年の日本出版社発行の「62 戸別記入住宅地図 尾道市」を見ると、

尾道松竹の一階は「パチンコ巨人」になっている。映画館は2階部分だけに縮小されている。

さらに、同じ地図で千日前を見ると、「千日前松竹」があるではないか。

「シネマ尾道」の河本清順支配人に聞いたところでは、いつのころからか「千日前松竹」が

松竹の専属上映館であり、「尾道松竹」は屋号として松竹の文字はついているものの、松竹と

の関係はなくなってしまったのだとか。

その「尾道松竹」も平成12年に休業してしまう。それを借り受けて、平成19年から映画上映

の灯をともし続けているのが河本さんの「シネマ尾道」である。