キングの『1922』
スティーヴン・キングのファンである。
ただしキングの長編は、長すぎてほとんど読んでいない。
短編集、中編集は、ほぼすべて読んでいる。もちろん翻訳されてものに限るが。
文春文庫から出た『1922』は中編の「1922」と短編の「公正な取引」を収めている。
どちらも期待を裏切らない。前者はこれでもか、これでもかと陰惨で、陰湿な女房を殺して古井戸に
捨てた男の破滅の物語で、タイトルは西暦1922年を意味する。女房を殺しながら、失踪として
扱われ、完全犯罪になるのだが、事件にまきこんだ14歳の息子に悲劇が起きる。
それが物語のどうしようもない悲惨さを深めて行くのだが、そのあたりは、さすがである。
死んだ妻の化身のような大きなネズミたちに主人公は苦しめられるのだが、ラストは
ホテルで死体となって発見された彼の死因は、ネズミに喰い殺されたか?と読者に思わせて、
実は男が我が身を食い破って死んだとわかる。さいごまで、これでもか、と人間の暗黒面を
容赦なく描いて、読者を暗い気分に突き落としてくれる。スティーヴン・キングの力業である。
「公正な取引」も面白い。ガンに罹って余命が長くない男が、道端に露店を出している物売り(実は
デビル)と取引する。彼のガンは消える。交換したのは彼の親友の人生、それと男の年収の15%
を礼金として支払うこと。親友を売ったのは、男の恋人をさらって結婚し、事業も成功し、
子供たちも順調に育っているからで、要するに親友の幸せを恨んだからだ。
男はガンが消えたばかりか、仕事も順調になり、家族にはいいことばかり。他方親友は、妻が死に、
子どもたちにも次々と不幸が襲いかかり……。
読者はラストはどんでん返しがあって、主人公は破滅すると予想する。しかし、これでもかと
悲惨な状況に転落して行くのは親友であり、デビルと取引した男は、ますます幸運にめぐまれる。
せっせと15%を送金するかぎり、どんでん返しはなさそうだ。
読者はいつのまにか、親友一家の破滅を当然のことに感じる。
そこにキングの仕掛けがある。読者たちの心のなかに潜む他人の不幸を愉悦に感じる「残忍さ」
を突きつけてくるのである。ああ、おそろしや。