志賀直哉と尾道遊廓(1)
宝土寺の上にある借家で暮らしているが、話し相手もなく、毎日退屈で、日が暮れるのを待って
下の色里に遊びに行くことくらいしか、することがない…といったことを書いていた
のを読んだ記憶がある。
さて、誰に宛てて書かれた手紙だったろうか。正確な手紙の文章を確認したいと、中央区の
までの期間である。その期間内に志賀直哉が書いた書簡を読んでみるが、上記の内容のものは
見当たらない。
東京に戻っている。その期間に会った在京の友人に対して、尾道での生活の様子を語ったのを、
その友人が後に志賀直哉との交遊について、なにかに書いたものを、僕が読んだのかも知れない。
さて、そうなると、ちょっと捜索範囲が広くて、簡単ではない。手許にある本を何冊か覗いて
みたりしたが、雑誌だったかも、ネットだったかも、となると、お手上げである。
その方の調査は一先ず棚上げとして、本題に戻る。
見ることにしよう。撮影されたのは大正末のころの写真である。