谷口ジローの『ふらり。』
新聞に、この「ふらり。」の書評が載っていたのを見て、読みたいと思いながら、
そのうちに忘れていた。
「ラッキー」と買ったのだが、定価876円が500円だったから、古本としては
ラッキーと手放しで喜ぶほどの安値でもない。
ただ、一度は読みたいと思った本に、古本屋で出逢うというハプニングを喜んだしだい。
ブルーの帯に「祝 仏芸術文化勲章受章!!」とある。
奥付を見ると、第一刷発行は4月。
わくわく亭が買ったのは第四刷で、発行は7月。ということは受賞が決定して、いそいで
帯を付け替えたと思われる。
なにしろ、谷口ジローの作品はヨーロッパ、とくにフランスとイタリヤで評価が高く、
日本での評価をしのいでいるそうだから、この受賞もフランスでは当然なのかもしれない。
さて、「ふらり。」だが、買ってきて、読み始めてみたものの、2話読んだところで
他の本へと興味が移ってしまい、そのままになっていた。
今日になって、読み直したのだが、やはり迫力不足を感じて、すこし不満が残った。
蝦夷地測量に旅立つまでの、江戸市中を歩き回って、一歩=二尺三寸(70センチ)を
基準に実測する日常を、のんびり、しっかり、そして愛妻家として、ほんわか、とした
筆致で描いたもの。
作者は、そうした「ほんわか」とした人間として伊能忠敬を描きたかったのだと分かるが、
歩いて実測する男の「執念」が漂ってこないのが、不満に感じたのだと思われる。
それはさておいて、「歩く」人を描くのが谷口ジローは好きらしい。
彼には、ずばり『歩くひと』という作品がある。
これは内容の充実したいい本である。
帯には「小津作品のような味わいを堪能」とある。歩くような人の日常のなかにある
充足感を取り出してみせる作者の基本的な姿勢が、腰をすえた傑作なのだ。