大歩危
自分がいま集中してやっていることがあると、ふしぎなほど、いくつもそれに関連した情報に
接したりすることがある。
かれこれ50年も昔、一人で四国を10日間ほど周遊したことがあって、そのことを
すると新聞に最近の「大歩危」駅の記事が出た。
無人駅になっているそうである。児啼爺(こなきじじい)の人形が駅長で、ワンちゃんが駅員らしい。
50年昔の大歩危駅の情景はつぎのようだった。
大歩危(おおぼけ)の駅は《田舎の小駅》と呼ばれるのにふさわしい、ひなびた駅舎だった。 駅舎を出ると、外にはすぐに山がある。数軒のよろずや風の店屋があって、 食品店で雑貨や週刊誌を売っているかと思えば、酒屋のガラス戸には《牛肉有り》 との張り紙がしてある。 道は急な坂になった雪まじりのどろんこ道だ。人影はまばらである。 駅の裏側には、高さが二十メートルもあるであろう吊り橋があった。 いったいこの辺りの渓流には、長大な赤錆びた吊り橋がいくつも、 苔むした奇巌の上に架かっている。 駅の案内板に、ここから大歩危までの所要時間は、徒歩で三十分、かずら橋までは 三時間と表示されていた。 かずら橋はあきらめて、大歩危をめざして歩くことにする。 駅裏の吊り橋を渡り、春泥の悪路を下りはじめた。
まるで時計は自分を中心にして回っているような錯覚をおぼえてしまう。