やはり、日本は巨大システムが不得手なのか

糸川英夫さんといえば「日本の宇宙開発・ ロケット開発の父」と呼ばれる科学者だった。

あるとき、テレビで糸川さんの講演を聞いたことがあった。

メガシステムが苦手な日本人の技術力という話だった。

糸川さんは戦前、東京帝大の工学部航空学科を卒業し、中島飛行機に入社して戦闘機の設計に関わった。

戦後、東大の工学部教授となり、ロケットの研究開発をすすめ、ペンシルロケットやカッパロケット、

ラムダロケット、ミューロケット、おおすみなどの開発に関わった。1967年に東大を退官し、

組織工学研究所を設立した。

聞いた話の内容は、ほとんど忘れてはいるが、いまも覚えているのは、つぎのポイントである。

1.日本の技術開発は戦争を挟んで、大きく変わった。精密技術は戦後もますます発展して

  世界のトップクラスになった。テレビなどのエレクトロニクス、精密で正確な工作機械、

  高品質で経済性にすぐれた自動車などの設計、生産技術はアメリカに優る。

  しかし、ジャンボジェット機原子力潜水艦、宇宙ロケットとなると、到底アメリカに

  及ばない。それは、巨大システム設計技術が、戦後途絶えたからだ。

2.日本も戦前は大型飛行機、巨大戦艦などを設計して、メガシステムの設計開発技術の

  蓄積があったが、戦後は平和産業に徹したから、旅客機の開発もおぼつなかいほど

  巨大システムの開発については遅れをとってしまった。

  自動車の部品点数は2~3万である。この部品数までなら、システムとして優秀な製品は

  作れる。

  しかし飛行機となると部品点数は、自動車の十数倍となる。NASAの宇宙ロケットとなると

  さらにその十数倍。

  それら無数の部品が統合して安定した働きをする巨大システム設計が、日本人には

  不得意になっており、遅れをとっている。


この糸川さんの話を思い出したのは、多重に安全対策を施した「世界水準」だと日本が自負していた

原発が、いざそうした対策が機能すべき危機に直面すると、まことにあっけなく全崩壊してしまった

今回の福島原発事故を経験して、いまさらながら糸川さんの語った、巨大システムの設計が弱い

日本の技術力、を不安に感じる。


原発の開発に携わった、あるいはメンテナンスに携わった技術者の多くが、日本の原発施設の

裏側をみると、家にたとえれば、外観は立派な建て売り住宅で、欠陥がみつかると、

ダクトやパイプ、排水溝などをつぎつぎ追加したりしているリフォーム建築だという。

最初の設計において、メガシステムとしての不備や不足を気づかないか、気づいても

設計改善できないのではないか。設計技術の能力不足があるのではないか。

想定より高い津波のせいにするようでは、糸川さんの心配したとおり、日本のメガシステム

設計能力に大きな疑問がある。