毛利和雄さん(NHK解説委員)の書評

NHK解説委員の毛利和雄さんから『十八歳の旅日記』の書評を頂いた。

毛利さんは文化財世界遺産を専門に解説しておられる。

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毛利さんからブログへ転載の了承を頂いているので、ここに紹介します。

すてきな文章です。



                  尾道物語・姉妹編『十八歳の旅日記』:毛利和雄(NHK解説委員)


これを何かの因縁といわずして、どう表現すればいいのでしょうか。

平泉に世界遺産の取材で出かけ、盛岡によって自宅に帰ってきたら、

森岡久元さんの『十八歳の旅日記』が送られてきていました。

せっかく盛岡に来たのだからと不来方城(こずかたじょう・盛岡城)址を再び

訪ね、石川啄木の短歌の石碑を目にしてきたところでした。

  不来方のお城の草に寝ころびて
  空に吸はれし
  十五の心
  
授業をさぼって城址にあそび、文学書や哲学書を読み漁ったという啄木の多感な

青春がしのばれます。
  
2年前、盛岡にでかけ、啄木の石碑に最初に接した頃に、森岡さんの

『尾道船場かいわい』と『尾道物語・純情編』にたまたま出会ったのを思い出しました。

両著とも自伝小説でしょうか、前著では高校生から大学生時代の恋愛と

学校生活や家族関係が描かれています。50歳代の著者が青春時代を描いた、

みずみずしい感性をうらやましくも思い感心したものでした。

  
今回の『十八歳の旅日記』は、頼久太郎(頼山陽の本名)の若き日の旅日記を

読み解こうとする旅行作家倉本美都子と小説家小瀬戸との交友を通じて、

漢学者として著名な頼山陽の若き日の素行が明かされていきます。


久太郎は、十八歳の時に一年間江戸に遊学しますが、広島を出て竹原、尾道神辺を経て江戸に至る旅日記には久太郎の気質的な病と性的な素行とが隠されているのです。

その日記は明治時代に書き写されたものですが、日記の余白に書き込まれたとされる記述も

別途書き写されており、その記録が事実とすると頼山陽の若き日の空白を埋める

重要な内容が明らかになるのです。

この久太郎の気質的な病と性的な素行をめぐる倉本美都子と小瀬戸との探索は、

推理小説的な内容でもありますので、種明かしは避けます。

自ら森岡さんの本を読んでもらいたいと思います。

  
頼山陽の若き日の件はこれくらいにして、森岡さんの小説のもう一つの柱は、

倉本美都子と小瀬戸との交友です。

作中では倉本美都子は70過ぎとされ、雑誌社勤務を経て、全国の観光地や名所、旧跡などを取材

して雑誌に記事を書いている作家とされます。

一方、小瀬戸は、文芸、映画、歴史をテーマにした勉強会で講師を務め、

大田南畝狂歌について話したこともあり、還暦という設定ですので森岡さん本人がモデ

ルになっているのでしょう。

勉強会を通じて二人は知り合い、頼久太郎の若き日の謎について探索を重ねていきます。

お互いに成熟し、文筆に携わるふたりの交友は、午前0時頃、

美都子が小瀬戸に電話してきて寝酒を口にしながら頼久太郎について話し合うようになります。

その交友も、久太郎の旅日記の謎に迫る探訪に竹原や尾道に出かける計画が進む中で、

美都子が病に倒れ終焉を迎えることになるのです。

  
森岡さんは、ことし古希を迎えられるそうですので、新著『十八歳の旅日記』は、

前著『尾道船場かいわい』と『尾道物語・純情編』から十数年を重ねての著作

ということになるのでしょう。

50歳代の著者は、みずみずしい感性で青春時代を描かれ、今回は自らの成熟をもとに、

だれもが経験することかもしれない荒々しい感情が襲ってくる青春時代と

成熟した男女の交友の心の移ろいを重ね合わせて描く作品が生まれました。


高齢化社会を迎えて、美しく齢を重ねることを課題としている世代も多い中、

森岡さんの新著は味読に値するものとお勧めする次第です。