相次ぐ作品評

文芸雑誌「季刊文科」の49号に、わくわく亭の作品が、しかも一度に3作品について

取り上げて論評されるという幸運なラッシュが起きた。

「酩酊船」に書いた小説「小石の由来」とエッセイ「花本さんとヒカルくん」であり、

「別冊関学文芸」に書いた小説「十八歳の旅日記」とである。

後者については、来週澪標から小説集として刊行されるところである。


勝又浩さん(文芸評論家、法大文学部名誉教授)による「花本さんとヒカルくん」評。

「酩酊船」には森岡久元が二編載せているが、エッセイのほう、「花本さんとヒカルくん」が

面白かった。花本圭司は詩人だが、「文学の中の尾道」という仕事があって、著者自身の

高校生の作品まで取り上げているのだという。そんなことを知って彼に会うのだが、その

お孫さんと一緒だった半日のことを書いている。

森岡作品をずいぶん読んでいる私としては、まるで舞台の幕間の役者の素顔を見たような

興味であった。

松本道介さん(文芸評論家、中央大(ドイツ文学)名誉教授)による「小石の由来」と

「十八歳の旅日記」評。

森岡久元の「十八歳の旅日記」も面白く読んだ。

歴史探訪のエッセイの書き手だった倉本美都子が古書店を通じて頼山陽十八歳の時の

旅日記を発見し、この日記「東遊慢録」を研究している。日記は頼山陽の次男と親しかった

明治の政治家宮島誠一郎がオリジナルを借りて筆写したものだという。美都子はこの日記と

通じて山陽の少年期の躁鬱病とされるものの背後に女性問題があったことをつきとめて

いこうとする。

美都子は「日和下駄の会」なる研究会でみずからの説を発表し、これを聞いて関心を抱き

友人ともなった小瀬戸という男性の語りで、研究の進展が語られる。

「わたしたちの一生にしても、後生の人が検分すれば、どこかで誰かさんと、間一髪

擦れ違っていて、そのために別の人生を歩んだというスリリングなゲームをしているに

違いないと思うわ」と小瀬戸に美都子が語っているが、このあたりの伸び伸びした

雰囲気がこの小説の魅力であろう。(略)

森岡久元は多作の人であり、そのいずれもが面白い。(略)

「酩酊船」に書かれた「小石の由来」も興味深く読んだ。

ひとつには孫息子が母親とともに祖父の入居している介護ホームを訪ねていく話だからである。

評者自身も週に何度か老母を介護ホームに訪ねる身なので、興味津々だったのである。

それはともかく、甘やかされて育ったため、何をやってもうまいけれど結局は一種の道楽者に

終わった男の人生がたくみに描かれている。

「多作の人であり、そのいずれもが面白い」という評言は、ことにうれしく感じている。