「くり屋」47号

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尾道在住の詩人山口美沙子さんから、「くり屋」47号をいただいた。

「くり屋」は広島市在住の詩人木村恭子さんが発行されている、ちいさな、かわいらしい

手作りの詩集です。

47号には秋島芳恵さんと山口美沙子さんの詩も掲載されています。


山口さんは今年春にお姉さんを亡くされて、その哀しみを書いた「レモンの香りが」という

詩を、このブログに紹介しました。



「くり屋」に載せられた「挨拶」はその続編ともいえる作品ですが、

お姉さんが逝った世界と、こちらの世界がどんなふうにつながっているのか、

ふしぎな明るさをもって綴られた詩です。

ここに転載させていただきました。


もう一篇、木村恭子さんの「芋のてんぷら」という、時間の不思議さを語った

作品も紹介させていただきます。過去という時間は現在に畳み込まれて重なっていますが、

それにふと気づいたときの不思議な感覚を、私は思い出しました。


                              挨拶    (山口美沙子)

  この度
  御宅の裏に越してきた
  表と申します
  よろしくお願い致します

  半年後 東側に越してきた若夫婦が
  挨拶にきた
  北川と申します
  よろしくお願い致します

  一段上の西側に
  まだ 更地がある
  今度はどんな名前の人が来るのだろう

  南田さん 下川さん 谷口さん

  今年 桜の前の季節に
  新居に越して逝った姉から
  深夜コールが
  広い敷地の素敵な家 たくさんの人が
  挨拶にきたよ

  ここは 裏も表も東も西もない 上も下もない
  夜もない 私の好きな季節があるだけ
  眩しい光の中で
  新入りの私にみんなで乾杯
  大笑い

  ああ それでこちらは大風
  庭の木々が身をよじって
  千の葉を散らしていた

  明日の朝私は箒を持って 庭掃除に忙しい
  表さん家の庭
  北川さん家の庭
  更地にも




            芋のてんぷら   (木村恭子)

  お芋のてんぷらを揚げていると
  必ず浮かんでくる風景があります
  岩国駅のそばに小さい食堂があって
  反対の方にはバス・ターミナルがあります
  停まっているバスの後ろに
  海水浴場行きの表示がしてあります

  シゲ子さんのお宅で揚げている時もそうでしたし
  ともゑさんのお宅で揚げている時もそうでした
  シゲ子さんにも ともゑさんにもお話しませんでしたが
  本当はその時
  岩国駅前のターミナルに立っているんです

  水着の袋を下げた私の子供達は
  ねえ
  おかあさんは どうして
  いま
  よそのおうちで てんぷらなんかあげてるの 
  私を見つめて言うのです                 


 山口さんの詩には、生きている者の世界と、死んだ者の世界とが、大笑いをすれば

落ち葉を降らせて、翌朝庭掃除させられるほどの近さにあることを語っていますが、

木村さんの詩では、過去を思い出すと、それは現在の時間に繰り込まれてくるし、

さらに過去の中から現在を見るという、時間体験の複雑でふしぎな入れ子状態を思います。

平易な言葉で、シュールな感覚をうたった印象深い2作品です。