新幹線にまつわる2話

土曜日大阪へ行き、もちろん、新幹線を利用しました。

新幹線にまつわる話を2つ紹介します。

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その1。『0系車両のデザイナー』



土曜の夜の宿は、住吉大社そばに住む兄の家でした。

日曜の朝、テレビでは新幹線の0系と呼ばれる車両が引退するというので、セレモニーがあるとか、

鉄道ファンが最後に乗車するとか、のぎやかな報道がありました。

兄がお茶を飲みながら思い出話をしました。

「この0系車両をデザインしたのはSさんというてな、わしの高校時代の同級生やったんや。

かれは近畿車輛に入社して設計をしてたんやが、国鉄が新幹線をつくるにあたって、車両の

デザインを募集してな、それに応募して、かれのが採用になったんや」

Sさんは天才的なデザイナーだったらしい。

常住坐臥、車両のデザインの研究に没頭して、結婚もしなかった。余暇は一人で山に登るのが趣味。

「当時課長をしてたが、会社に訪ねていったとき、まわりの社員はみんな、うちの課長は

徹底的な変わりもんやというてたな。はよう死んでしもうてな」

「山で?」

「うん。山で死んだんや」

「遭難?」

「わからへんねん。山へ入ったまま、わからんようになったんや。警察は自殺したんやろうというてたら

しい。死ななんだら、今日は自分がデザインした0系新幹線の引退式に、どこかで参列してたやろうに

な」

「どうして自殺したんだろう」

「頭が良すぎたんやな。最高のものを、より最高のものをと考えるひとは、ポキンと折れることが

あるんやろな。長生きしょうとおもたら、頭はそこそこがええのんや。そこそこがな」

0系車両のデザインのいきさつについて、ぼくは詳しいことを知らないし、しらべてもいない。

Sさんは単に山で遭難死しただけだったのかもしれない。

ただ、日本に新幹線が生まれた裏面に、どれほどたくさんの人間のドラマが秘められていたことか、

と思う。


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その2。 『新幹線ひびきの小鳥』


大阪発の「ひびき」は満席状態だった。

時刻は午後の2時27分。

名古屋から乗りこんできた母子づれが、僕の横の席にすわり、すぐにニンテンドーのゲームを

はじめた。

ママさんは40ちょっと前くらいで、男の子は小学生くらい。ふたりともゲームに夢中。

とつぜん、ママさんが男の子にきく。

「いま、なにか飛んだよ。す~と飛んでいったよ」

「……」彼はゲームから顔もあげないし、返事もしない。

「ママの頭に、なにかがとまって、飛んでいったよ」

「なにかが飛んでるんですか」とわくわく亭は前方を眺め渡す。

幾人かの乗客がこちらを向いている。

すると、前方のドアから車掌が入ってきて、

「どなたか、小鳥を放したかたがおいでになりますか?」ときいている。

それを見て、となりのママがいう。

「それごらん。やっぱ、鳥が飛んでるのよ。本当だったでしょ」

男の子は、返事をしない。

「鳥ですか」わくわく亭もきょろきょろする。

「あそこにいる」と3列前の席の女性がこちらを指さす。

その方向を振り返ると、隅の席の客がかぶったニット帽のてっぺんに小鳥がとまっている。

「車掌さん、鳥がいたわよ。あそこ」とママさんが戻りかけた車掌を呼び戻す。

わくわく亭も、手を振って車掌に合図した。

ニット帽の客は、イヤホーンで音楽を聴いているから、乗客が頭にとまった小鳥でさわいでいるのに

気がついていない。

小鳥はまるで、飼い主の頭に戻ってきて、休んでいるようにみえる。

車掌が手をのばして、小鳥をつかまえようとする。

「片手じゃだめ。両手でつつむようにしないとだめ」だれかが大声で忠告する。

車掌だって、小鳥のことはくわしくないよ。

ニット帽の男性は、やっと事態がのみこめた。手を頭にあげようとする。

車掌の手も伸びて、小鳥はつかまった。

と、おもった刹那、さっと小鳥はすりぬけて、いましも開いた自働ドアからとなりの車両に

飛んでいった。

車掌(いつのまにか2人)と車内販売の女の子2人たちが、小鳥を追って、となりの車両に駆け込んで

いった。

「どこからきたんだろう、あの小鳥」

「きっと、名古屋駅からとびこんできたんじゃない」

ママと男の子はゲームにもどる。

スズメくらいの大きさだったが、スズメではない。

あれはなんという小鳥だろう、とわくわく亭は考えながら、

脳はいねむりに沈むモードになりかけていた。